2000.8.5
基調報告
−クレジット被害対策全国連絡会結成の意義−

1.繰り返されるクレジット被害

(1)割賦販売法は昭和36年制定された。制定当時は消費者保護というより中小割賦販売業者の保護が主要な目的とされた法律であったと言われ、昭和47年に「クーリングオフ」を導入するなど大幅な改正を見たものの消費者保護法としてはなお課題が多いままであった。

 クレジット契約による消費者信用供与高が爆発的に延びる中、大規模な集団名義貸事件(コ−キ出版事件、昭和57〜59年)が現れ、また、商品の瑕疵や販売店の債務不履行があるにもかかわらず「販売店に対する主張を信販会社には主張できないとする抗弁切断規定」と「売買契約と立替払契約は別個の契約である」との解釈理論により消費者が支払請求を受けるという被害事例が続出した。このような被害に対し、全国各地で「抗弁切断」を打破するための訴訟活動が続けられた結果、「信義則」などにより抗弁対抗を認める判例理論が認められていったのである。

 そして、昭和59年、当時の判例理論をふまえ、同法30条の4として「抗弁の対抗」規定が新設された。

(2)昭和59年改正において既払金の返還や信販会社の加盟店管理義務等は盛り込まれていないものの、右抗弁対抗規定は、消費者の権利保護規定として大きな意義を持つものであった。

 しかし、残念ながらその後も全国各地で集団クレジット被害は多数発生した。

 財団法人日本クレジットカウンセリング協会の調査によれば昭和57年から平成3年7月までの間に発生した集団不正クレジット取引(同一の加盟店、同一時期、同一地域で10名以上の消費者につき発生した不正取引)の事件数は500件に上ると報告されている。

 まず、抗弁対抗規定の新設のみでは解決できない類型の事件である名義貸・名義冒用事件はその後も多発した。例えば、日本自動車事件、岩上商会事件(昭和60年)、遠野ダイハツ事件(昭和62年)などである。

 また、割販法の適用対象取引が政令により指定されたものに限定されていたことから、指定商品外の役務取引である、エステ、英会話教室、学習塾などについての被害が続出した。早稲田教育指導センター事件(平成4年5月)もその1つであり、この事件を契機に、通産省から社団法人全国信販協会等に対して「エステ、学習塾、家庭教師派遣などの役務提供を行う加盟店の倒産等により役務提供ができなくなった場合は支払請求を停止すること」という内容の通達が出された。右事件は「政令指定方式」自体に問題があることをクローズアップさせた。

(3)近年では平成9年1月、若者に対する長時間・強引な勧誘と「5年後買戻」をセールストークとしてダイヤを販売していたココ山岡の破産に伴う事件が発生した。推定10万人以上がクレジット契約をしていたといわれていたが信販会社は抗弁対抗を認めないと主張したため、全国で約9000名が信販会社にクレジットの未払金債務の不存在確認や、既払金の返還を求めて訴を提起した。

 更に平成9年〜平成11年にかけて、大規模なモニタ−商法被害が続出している。ワイエスグループ事件(健康食品)、グリーンショップ事件(布団)、イレブントップ事件(浄水器)、ダンシング事件(布団)、愛染苑山久事件(呉服)などである。モニター商法はクレジット代金相当額又はそれを上回るモニター料が支払われる仕組みとなっていることなどからいずれ必然的に行き詰るのであり、販売店が倒産して被害が顕在化する。このような事件についても信販会社はココ山岡事件同様に抗弁権を争い、各地で訴訟が提起されつつある。

 以上の他にも、名義貸・二重クレジット契約事件は近年も各地で発生し、後を絶たない(平成8年「やまと寿」呉服店事件、平成9年「なかにし」呉服店事件、平成10年「イーエスフロンテ」事件など)。

2.クレジット被害発生の構造的原因

(1)クレジット会社の膨大な利益
 信販会社は、クレジット取引をすることによって膨大な利益を得ている。すなわち、

@ 平成10年3月期決算における、大手信販5社(日本信販、ジャックス、セトラル、アプラス、ライフ)合計での個品購入斡旋取引高の合計額は、2兆2194億円にものぼっており、個品購入斡旋取引にかかる営業収益合計は、2142億円となっている(大手信販のオリコがこの数字に含まれていないのは、取引高を公表していないためである)。
A 信販会社は、加盟店契約を獲得することによって、加盟店の顧客を自己の顧客として獲得し、大量の信用供与を実現させている。そのためいきおい加盟店獲得競争に走ることとならざるを得ない。

(2)加盟店の利益
 加盟店は自己の取引商品・役務が高額であり、消費者の所得水準が少ない場合には、当該商品を売ることは出来ないが、客がクレジットを利用すれば売り上げることが可能になる。

(3)契約手続きの簡略化
 消費者と信販会社との間で締結するクレジット契約の締結手続きは、信販会社の経費削減のためか、次のように簡略化されている。

@ 信販会社は、クレジット申込書を加盟店にあらかじめ備え付けさせ、消費者のクレジット契約手続き一切を加盟店に任せている。
A のみならず、信販会社は加盟店が消費者に実際に商品の引渡や役務の提供
をしたかどうかを確認することなく、商品の引渡ないし役務提供の有無とは全く無関係に、立替払金を加盟店に支払っている。
B 他方、消費者の側からすれば、信販会社と加盟店との加盟店契約の内容すら明らかではなく、クレジット申込書にサインした後、信販会社から確認電話があることと、割賦金は信販会社に対して支払うことがせいぜい分かっているだけである。消費者には信販会社が販売代金を立替払いしたのか、信販会社が販売代金の取り立て代行をするものであるかすら、分からないまま契約手続きがなされるのである。

(4)悪質加盟店の跋扈
 そして、悪質な加盟店は、このような簡略なクレジット契約手続きを利用して、クレジット被害を引き起こしている。

@ 名義借事案
 資金繰りに窮した加盟店が、備え付けているクレジット申込書を悪用し、形式的に整ったクレジット申込書をクレジット会社に送付することにより、いとも簡単に信販会社から多額の立替払金を受け取ることが可能となっているのである。
A 二重請求事案
 クレジット契約後の合意解約や現金一括支払への変更手続きについても、同様に専ら加盟店の手に委ねられている。その為、資金繰りに窮している加盟店が消費者からクレジット代金を集金したり、契約をキャンセルしながら、信販会社から一旦受け取った立替金の返還が出来ないので信販会社との赤伝処理をせず、消費者に対して信販会社から二重に請求がなされるという被害が発生している。
B 破綻必至の悪質商法への与信事案
 買戻商法のココ山岡事件、ダンシング事件、愛染苑山久事件のようなモニター商法はその仕組自体に破綻性を内在している。信販会社は、これらの商法がいずれ破綻すること、その場合顧客らからは契約の条件となった約定が履行されないことを理由に支払停止の抗弁が主張されることを知りつつ破綻必至の契約に対する与信を続けて多額の利益を得ていながら、加盟店が倒産し現実被害が発生するや、抗弁対抗を否定して責任を免れようとするのである。
 ココ山岡事件においては、平成12年3月経営者に対し詐欺罪の有罪判決が下されており右商法の詐欺性は今や明らかである。複数の大手信販会社がココ山岡倒産前から取引からの縮小撤退を図っていたことも判明している。にもかかわらず、信販会社は「買戻商法は破綻必至とは言えない」「売買と買戻は別個の契約」と強弁した。

(5)まとめ
 信販会社も以上のような悪質な加盟店による消費者の被害の危険を認識していない筈がない。

 しかし、加盟店獲得競争に勝利し信販会社が利益を上げるためには、その様な危険を承知の上で、クレジット契約手続きを加盟店に任せることにより、クレジット契約の獲得や契約内容の説明、契約書の作成、その後のフォローといった諸手続に要する莫大な人件費や通信費を節約し、その結果として、大きな利益を上げる、という方向に向かうことになりがちである。

 このように、集団クレジット被害がクレジット取引の構造に由来し、必然的に発生するものであるということは明らかである。

 このようなクレジット被害事件の発生を防止するためには、信販会社の加盟店に対する管理責任の明確化と管理義務懈怠に対する民事効果(サンクション)の明定、契約時の消費者に対する厳格な確認義務の要求などの法的規制が必要である。

3.あるべき法解釈・法規制の方向

(1)抗弁対抗規定に関する現行割賦販売法の正当な解釈の確立
 割賦販売法30条の4の立法過程の議論においては、付随的特約の不履行による売買契約解除・無効・取消が信販会社に対する支払拒絶の抗弁事由に含まれることは当然の前提であった。

 しかし、信販会社は、ココ山岡事件やモニター商法事件において、明らかに右立法趣旨に反する主張を行い、法の正当な解釈をねじまげようとしている。このような恣意的解釈を許してはならない。

 また、ココ山岡事件においては、被害対策弁護団は事件発生の初期段階で監督官庁である通産省に対し過去の役務取引事件と同様に支払停止を求める行政指導を要請した。しかし、右に対する通産省の回答は「司法判断に委ねる」というものであった。このような立法趣旨とは異なる対応もあってココ山岡事件は訴訟へと移行し、解決に3年以上の年月を要する結果となった。

 我々は、まず現行割賦販売法の本来の射程距離(口頭のセールストーク、付随的特約を含め指定商品の販売につき販売業者に対し生じている事由はすべて抗弁事由となる:無制限説)を確認し合い、通産省に対し右立法趣旨を踏まえた行政解釈と信販会社への指導を求めるとともに、これを裁判実務に定着させるための活動を行う必要がある。
 
(2)「政令指定制」の廃止
 政令指定商品・役務でないがゆえに販売店の倒産等のケースでも抗弁対抗が当然に認められない場合があるというのは、クレジット契約における消費者の権利保護制度として大きな欠陥である。

 特に、ゴルフ会員権やレジャー会員権などの各種会員権、リフォーム工事、各種役務取引などについての不備を指摘する声は大きい。

 役務取引のうち、エステ、英会話教室、家庭教師派遣、学習塾の4種類については1999年の割賦販売法改正において指定役務とされたが、右改正もこれら4種類の役務取引について多数の被害事例が発生した後に漸く改正がなされた後追い規制である。

 今日における消費生活の変化は激しく、日々新たな商品やサービスがクレジット契約を利用して販売されている。法の穴を掻い潜る業者が次々に発生させる新たな消費者被害に対応するため、政令指定制度の撤廃は急務である。

(3)加盟店管理責任等の法定化−加盟店管理義務・共同責任
 前述のように信販会社はクレジット契約により膨大な利益を得ている。悪質加盟店・取引形態に問題のある加盟店と知っていても、顧客との契約を獲得し手数料収入を得させてくれる加盟店との関係を信販側から断ち切ることができないというのが、巨大クレジット被害に発展する大きな要因であった。

 通産省は、昭和57年、58年、59年、平成4年、7年と加盟店管理の強化を求める通達を出してきているが、その効果が十分でないことはココ山岡事件や近年のモニター商法事件の続発という被害実態から明らかである。

 これら被害事例は加盟店管理が厳格に実施されていれば十分予防できたと思われる。加盟店管理の厳格化が被害防止対策として必要であること、及びその規制方法は法的拘束力のない通達では不十分であって「加盟店管理責任の法定化」が必要であることは明らかである。

 また、規制の実行性を確保するため管理責任違反に対しては十分な民事制裁が加えられなければならない。具体的には、販売業者の不正行為によって消費者に損害を与えた場合、消費者に対する請求権の全部又は一部を制限されるとの民事効果の明定、抗弁対抗の効果も未払金の支払停止に限定せず、信販会社が既払金の返還について販売店と共同責任を負う、という規定が設けられるべきである。

(4)消費者信用取引における消費者の権利の確立を
 クレジット契約その他の消費者信用取引は、本来、消費者が、消費生活に伴う商品・サービスを対価との即時交換によらず将来の可処分所得による分割支払によって得るための取引手法であり、その存在意義は「消費者が多様な消費生活を営むための補助的手段」であるという点にあるはずである。

 ところが、我が国の現状は、消費者信用取引の著しい発達により逆に消費者に不利益や生活破綻という被害が生じているのであり、その端的な例が以上に述べてきた繰り返されるクレジット被害事件の実態である。クレジットという消費者信用取引においては、不正使用や悪質販売店を防止・排除し、消費者が真に安全にこれを利用できるための法解釈・法制度の確立が早期に目指されるべきである。

 消費者信用取引が氾濫する現代社会の中、「消費者が安全かつ公正な消費者信用取引を利用できる権利」が基本的権利として確認され、これを保障するための諸方策が実行されなければならないのであり、我々はそのような権利確立のため「統一消費者信用法」制定に向けて努力すべきである。

4.クレジット被害対策全国連絡会結成の意義

(1)本年10月5日、岐阜市で行われる日弁連人権擁護大会第3シンポジウム「クレジット・サラ金・商工ローン被害の救済と根絶にむけて」が開催され、クレジット契約についてのあるべき規制の方向が議論される。また、日弁連は1999年6月「統一消費者信用法の制定にむけて」と題する意見書を公表している。

 あるべき法規制の方向についての必要な議論は既に達成されつつある。今や、これまでの議論と立法提言を実践に結びつける運動こそが必要である。

 全国の弁護士・弁護団はこれまで多くのクレジット被害に取り組み、多くの成果を獲得してきた。その成果を今後の被害救済に役立て、立法運動等の大きな流れに集結することが必要であり、そのために全国各地の被害救済についての情報交換、対策研究、立法運動などを行う横断的な連絡団体(運動体)を結成することが必要である。

(2)折りしも本年7月6日、ココ山岡事件では、全国の集団訴訟原告約9000名について、未払の放棄と一部信販の和解金支払(実質的な既払金返還)を内容とする以下のような中間合意がなされた。

@ 信販会社は、未払クレジット債権を全部放棄する。
A 顧客らは、ダイヤを返還し、破産債権を信販会社に譲渡する。
B 既払率の多い信販会社4社は、破産債権(クレジット総額)の22%の和解金を破産配当に先立って原告らに対し支払う。
 同事件は全国38地裁・原告数9000名の訴訟であったが、上記中間合意によりこの巨大訴訟が約3年でほぼ全面解決の見込が立ったと言える上、解決基準も実質的に一部既払金の返還を勝ち取ったと評価すべきものであって、極めて画期的なものである。

 ココ山岡事件においては、解決結果もさることながら、抗弁対抗規定に関する理論的検討の成果や信販会社に対する証拠保全・文書提出命令が認められた結果得た信販会社の加盟店管理に関する内部資料など、今後の同種事件の解決や立法運動において重要な証拠資料が獲得されている。

(3)このように数々のクレジット被害事件において勝取ってきた成果を生かし、あるべき法改正運動に結びつけるべく、本連絡会は結成を見た。

5.クレジット被害対策連絡会の今後の活動

 年2〜3回程度の研究会、市民集会の開催や関係機関への要請行動を行う予定である。

 なお、8月7日、本日後に採択を予定している「集会アピール」を通産省に持参し、割賦販売法改正等について要請を行う予定である。


以 上