真相の究明に全力を
−石井こうきさんに想いをはせる-この1年間をふりかえって−

2003年10月25日

弁 護 士   紀  藤  正  樹


 知人が殺されたのは、石井紘基さんで3人目となります。

 1人目は、坂本弁護士一家殺害事件の坂本堤弁護士です。彼はオウム真理教に殺害されました。
 2人目は、タンミョンハン(卓明煥)という韓国の宗教ジャーナリストで、統一教会取材を韓国で非常に精力的にやっていた人で、日本に韓国の統一教会問題を初めて報告した人物の1人です。彼は、追及していた統一教会とは別の新興宗教団体の信者に殺害されました。

 今回、石井紘基さんが殺されたというのを聞き、事件当初から、やはり彼がやってきた仕事の延長線上で殺されたというふうに直感しました。事件直後からマスコミの取材を受けることになったのですが、なぜ政治家が右翼とつながりを持つのかと聞かれた時に、私はこう言いました。

 「徹底的に調査をして権力の問題点を炙り出す時に、取材対象者を選択することはできないでしょう。メディアだって暴力団からも取材するし、右翼からも取材する。それをつながりと言われたらおかしいじゃないか」と。

 石井紘基さんがやってきたことは、権力に風穴をあけるため、自分の足で調査をして、具体的に世の中にそれを提示していくという作業でした。政治家としては非常に珍しい手法を実践された方で、事実を丹念に足で調べて世に呈示するというジャーナリズムそのものの手法を政治の中に持ち込んだような人でした。

 「右翼とつながりがあったって当然じゃないの。ただしそれはメディアが右翼とつながりがある程度の話であって、それをおもしろおかしく騒ぎ立てるのはおかしい」ということを、最初の段階から申してきました。

 つまり「今回殺されたという事件も、偶発的に仕事上のつながりのない人から殺されたわけではなく、国会議員の職務として、そういう取材活動、調査活動の中で起こった事件であることは明らかで、これは国会議員に対するテロ、あるいは国会議員の仕事上にまつわるテロというふうに、きちっと位置づけるべきだ」と最初から申してました。

 結果的に、事実が明らかになるにつれ、そういった判断は正しかったと思っています。

 現在、石井紘基さんを殺害した伊藤白水という男がいわば単独犯として、刑事事件の裁判が進行中です。ようやく被告人質問が始まったばかりです。2003年度中には判決が出ると思います。

 しかし1ヶ月に1度程度開かれている裁判を傍聴し、その場で、伊藤被告は、1人で思い付いて行動したと言っているんですが、私には納得がいかないというほかありません。もっと言うと彼は2002年1月頃から石井さんに警告を発し、さらに、放火のためのガソリンをも用意するとか、そういう計画を立てていたと言っているにもかかわらず、その後も金を無心する、右翼的行動と言いながら内容が伴っていないのです。
 常識的に考えて、彼の言っている心理プロセスというのが、どう考えてもおかしい。

 しかしこちらの調査も限界があります。ですから、少なくとも伊藤白水とつながる人物、ないしは伊藤白水のことを知っている人物、あるいは近い人物から、ぜひとも今回の事件に真相に近づく情報を提供してもらいたい、と考えています。
 
 現在30万円というお金を懸賞金として、情報提供を募集しています。この30万というお金は、石井紘基さんが殺された時に、たまたま彼の背広の中にあったお金とほぼ同じ額です。
 
 このお金を警察に還付を受け、その石井紘基さんが持っていた30万円を、懸賞金にかけることで、彼の遺志を表現したいと思っています。30万円という額は、そういう意味があります。

 しかし闇の勢力に対しては30万円という金額はあまりにも少ないと思っています。できれば将来的にはどんどん増やしていきたいと思います。

 伊藤白水という男に対しては、刑事公判で今年度中には判決が出ると思います。量刑相場が10年と言われていますが、彼は計画犯で、しかも反省の態度がまったくありませんから、おそらく最低でも15年程度の判決は出ると思います。

 しかしもし刑務所で模範囚として彼が過ごせば12年ぐらいで出てくる可能性があります。そうすると、2015年には彼は外へ出てきます。その時には石井さんの娘さんターニャさんも、場合によっては政治家になっていたり、あるいは別の仕事として石井紘基さんの仕事を継いでいるということもあるかもしれません。そういうことまで考えてみますと、やっぱりこの伊藤白水という男の深層心理をきちんと突き詰めて処理しないといけないと思っています。

 皆さんのご賛同を得、民主党とは違った立場で、ご遺族と私の共同作業として、石井紘基基金への賛同のお願いをさせていただきました。 当面は、500万円もできれば、最終的に1億円ぐらいに上げるぐらいが希望ではありますが、まず500万円程度のお金を集めて、それを懸賞金に掛けるという形で、情報提供を呼びかけたいということで基金をお願いしたいというふうに考えております。

 一口3000円としていますが、いくらでも結構です。あまり少ない金額だと通帳の管理が非常に大変だということで、3000円ということでお願いしていますが、これは気持ちの問題ですので、いくらでも結構です。是非ご協力をしていただければと思います。

 金銭の使い道と活動報告は、現在作成しているホームページ(http://homepage1.nifty.com/kito/ishii/)に掲げることでご報告に替えたいと思いますが、ご意見、ご指導、ご鞭撻があれば、是非とも懸賞金の事務局の連絡先までご連絡お願いします。

 基金への連絡先のメールアドレスは、ターニャさん個人のメールアドレスです。ターニャさんへのホットラインと考えてもらって結構です。

 ところで私自身は政治の世界と関わることはあまりありません。仕事の延長線上としてお願いをするということはたくさんありますが、政策的に抽象的に政治家と付き合うということはありません。この事件ではこの政治家、別の事件では別の政治家とかいう形で、具体的な事件ごとにお付き合いしているのが現状で、それは弁護士の仕事としての特徴だと思います。

 石井紘基さんと知り合ったのも、オウム真理教事件がきっかけでした。その後、彼が「官僚天国日本破産」という本を書かれた時に、送ってきていただいて、それを読んで石井紘基さんの見方の的確さというか、仕事の的確さを感じるようになりました。

 政治家がみんな石井紘基さんみたいな人だったらいいと思いますが、しかし私からすると、石井紘基さんレベルの人であれば、現実の民間会社だったらいくらでもいるということも指摘しておかなければなりません。
 ただ政治家には、これまで石井さんのように頑張る政治家はいなかった、ほとんどいなかったというのが、かえって石井さんのすごさを物語ります。

 こうした一生懸命する政治家がほとんどいないという現実は、権力に胡座をかいていて、楽して仕事をして儲けようという発想の政治家があまりにも多いということが原因なんでしょう。

 しかし民間会社で働いても、朝から晩まで働くのは当たり前のことです。官僚が朝から晩まで働くことも、しかりです。働くことは、世の中の常識なわけです。

 私も、昨日は夜の12時まで働いていました。朝は8時半から働いています。そんなことは当たり前の話であって、政治家石井紘基さんという人はそれをやっていただけです。仕事をしない政治家があまりにも多くいて、それが今の政治状況を生み出し、現在の世界になっているというのが現状です。民主党の議員も自民党の議員も是非とも、石井さんを見習い、もっと働いてもらいたいと思います。
 
 それからもうひとつは、政治家というのも、ほんとのところは信用しちゃいけません。市民が政治家を監視するから政治家が動くのであって、政治家にお願いしたら政治家が動くということではなく、やっぱり1人ひとりの政治家を市民がバックアップするだけじゃなく、監視するということまできちっとして、初めて政治家も動くということも肝に銘じなければなりません。

 政治家がきちっと動いてくれたら、初めて官僚も動くわけです。石井紘基さんは頑張ったといいますが、石井紘基さんはむしろ普通なんだというぐらいを考えてもらうのがちょうどいいんです。ぼくは初めて石井紘基さんに会った時に、世の中に普通の一般庶民の感覚で働ける普通の政治家がいる。言葉も普通に話せる政治家がいる。「先生」と呼ばずに、「石井さん」と言ってもかまわない政治家がいる、と思いました。

 石井さんが、オウムのことを聞きたいと電話をしてきた時に、「じゃ来てくれますか。」と言ったら、わざわざ私の事務所に来て話をされました。私のほうから出かけたわけじゃないんです。そのぐらい石井さんは、普通の水平感覚で、縦方向じゃなく「政治家の先生」然する感覚じゃない人でした。その普通の人が普通に政治家やっていて、10年やったら殺されてしまった。この事件は、そういう重大な事件であるということもご理解ください。
 
 残された63箱の膨大な資料を見ていると、石井紘基さんの遺志を継ぐために何をすればいいのかと考えてみた時に、やっぱり時間をかけて1個1個つぶしていくしかないとつくづく痛感しております。

 この10月25日という日、石井紘基さんが殺害された日を、是非心に留めていただき、多くの皆さん、石井紘基さんに賛同される方々とともに、政官財の癒着を鋭く追求する中で殺された石井紘基さんの夢を、実現していきたいというふうに思っております。

 
 今後ともご意見、ご指導、ご鞭撻をお願いしたいと思います。ご挨拶に代えさせていただきます。どうもありがとうございました。

 
 (この一文は、2003年5月24、25日の両日、石井紘基氏の地元の三軒茶屋・キャロット・タワーで開催された「凶刃にさえぎられた石井紘基元議員の志を語る集いと写真展」の、1日目に話した内容をもとに現時点(2003年10月25日)の心境も踏まえ、文章化したものです。)



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