刑事手続(捜査・公判段階)における「被害者の権利」
初出:
「司法を考える会通信1990年2月20日号(第6号)」
(1990年2月16日記)
を元に若干の手直しがしてある。
最終更新00/05/10

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1 問題関心

 現行の刑事手続きにおいて被害者の役割は小さい。被害者は、捜査に協力し、あるいは法廷において証人となると言う場面でしか刑事手続において登場しない。しかしそこでは被害者は証拠方法でしかなく、捜査の客体、取調べの客体としての地位に甘んじている。いきおい被害者の保護はなおざりになる。

 検事は、起訴権を独占し、被害者が積極的に告訴した場合でも、起訴便宜主義により起訴猶予にされる場合がある。この場合訴追裁量が明らかに違法の場合、そのコントロールはどうするのか。検察審査会、準起訴手続もあるけれども、両者とも制度上の問題があり、うまく機能していない。近時冤罪事件も頻繁に起こる。しかし現実に被害者が出ているのは事実だから、捜査のミスというだけでは、被害者は浮かばれない。
 どちらも一種の検察官過誤だが、こんな場合、現実の被害者の保護をどうはかればよいのか。

 検事は被害者のために頑張っているというけれども、現実の刑事手続は被害者のために機能していない。ほとんどの被害者は加害者が起訴されたことも公判期日も判決の内容も知らされていない。捜査に協力したのだから、せめて公判の傍聴をしたいとおもうことはあろう。しかしこの欲求は満足されない。

 被害者の権利を充実させることは、被告人の人権に衝突するという警戒感も根強い。しかし本当にそうなのだろうか。被害者の傍聴する権利を確保するための公判期日の通知なら、被告人の権利を侵害するとは言えないだろう。さらに進んで、捜査・公判における被害者の主体性を確保する方策は無いのか。被害者の主体性を確保することが、被害感情の治癒につながっていくのではないか。それは結局刑事手続の民主化の要求と軌を一にしているのではないか。

2 フランスにおける被害者の権利の動向

 フランスには「私訴権」と言う制度がある。この制度の下では、被害者が私訴を起こすと、検事は起訴しなければならず、公判において被害者は、検事とともに当事者として、弁護士をつけて登場し、被害者は単なる証拠方法ではないとされる。
 また私訴権は消費者保護団体・環境保護団体・労働組合等の登録団体においても認められ、これによって被害が拡散し、被害者意識の希薄な現代型犯罪を糾弾して行くことが可能である。
 私訴権は、起訴便宜主義に対する重要なコントロール手段としてフランスでは定着している。私訴権が被告人の人権と衝突するといって非難する見解は少ない。

 これに対して我が国では、被害者を保護する制度としては、検察審査会や準起訴手続、そしてこうした手続を確保するための不起訴の通知、犯罪被害者等給付金支給法等しかなくいずれも不十分である。

3 日本の課題

 フランスの現状を考えると、我が国の刑事手続は余りにも被害者を無視した制度となっている。こんな制度を全逓にして、「刑事裁判は被害者のためにある」と豪語し、捜査の厳しさ、犯罪の重罰化をうんぬんするのは間違っている。
 個々の被害者は、犯罪に対し様々な思いがあるのだから、検事や裁判官が勝手にその応報感情を解釈し、捜査・公判を独自におし進めるのはおせっかいであるし、非民主的である。
 これでは被害者の人権も被告人の人権も保障されない。要は、その両立にあるのだから、両者の調和的制度の模索を今始める必要があるのではないか。

 100歩譲って、被害者の権利の充実のため、被告人の権利を制限するのを肯定したとしよう。しかし被害者のために、捜査の厳しさ・犯罪の重罰化を主張する人達は、被害者の権利を保護するための具体的施策を提言したことがあるのだろうか。

 被害者の権利の充実を唱える事なく、「被害者のために」と声高に唱えて、被告人の権利を制限しようとする人達を私は信用しない。結局彼らは、既存の手続を所与の前提と考えて、「被害者権」の何たるかを何も知らないか、または彼らの考える意図は別のところにあると言うほかない。

 このような相談例が現実にある。

 強姦の被害者であるA子さんが、供述調書を作成した際、捜査官に、A子さんの言い分をなかなか聞いてもらえず、何度か書き直してもらったが最後まで納得したものは得られなかった。
 証人尋問の際もA子さんは孤独で、被告人が証人席の後ろに立っていることが耐えられなかった。それで被告人を弁護士席に移ってもらった。

 これに対する答は簡単である。

1 供述調書を書くのは常に官憲であるという考えを捨てること、被害者が望めばみずから自書することを許すこと、被告人は上申書と言う形で、ぼぼ自由に自書の証拠を出しているし、民事においても両当事者は自書の証拠を出すことができる。現行の制度はこれと平仄があわない。

2 被害者に弁護士をつけることを許すこと、被害者の選んだ弁護士がついて、公判でも検事席に立ち会うことができれば、被害者の孤独も大きく解消されよう。
  また弁護士が、被害者に対し、刑事手続について十分な説明をすることによって、被害者も刑事手続における自分の地位がはっきりと認識できるようになり、納得して証人尋問に臨むことができる。現状では被害者の証人尋問の必要性の有無も、被害者の立ち会っていない法廷で、法曹三者により恣意的になされている。

  以上のような改革案は、被告人の人権を制限せずに、被害者の権利を図る改革案として、反対する理由はない。


《参考文献》
 刑法雑誌29巻2号「刑事手続における犯罪被害者の保護」(1988)掲載の各論文が、西ドイツ・アメリカ・イギリス・フランスの各国を例に取りわかりやすい。