「エシュロン」とは何か?
2000年9月1日号
UP01/10/08
本文約2000字
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 2000年8月15日、令状による盗聴を容認する組織犯罪対策法が施行される。我が国の憲法が通信の秘密を保障している関係で、令状は最低限の要請だが、この令状主義を骨抜きにする世界規模の盗聴システム「エシュロン(ECHELON)」のことをご存知だろうか?今回は、個人のプライバシーだけでなく、企業の経済活動にも影響を及ぼす「エシュロン」について考えてみたい。





通信の秘密の保障


 「通信の秘密は、これを侵してはならない」と憲法21条は定めている。憲法を受けた形で、電気通信事業法4条は「電気通信事業者の取り扱い中にかかる通信の秘密は、侵してはならない」と定め、同条違反は、2年以下の懲役又は50万円以下の罰金(104条)とされている。

 有線の通信を規制する有線電気通信法にも同様の規定があり、やはり2年以下の懲役又は50万円以下の罰金((9条、14条)となる。

 また無線通信を規制する電波法も「無線局の取り扱いにかかる無線通信の秘密を漏らし、または窃用したものは、1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する」(109条)としている。



エシュロンの脅威


 この憲法で保障された通信の秘密が地球規模で危機にさらされている。「エシュロン(ECHELON)」とは、米国が主導し、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英語圏5カ国で編成しているとされる世界最強の通信盗聴システムの暗号名だ。

 エシュロンは、世界の電話、ファックス、電子メールなどの通信や、レーダーやミサイルの誘導システムから電波などを常時監視し、世界最大級の大型コンピュターによって情報の記録と解析を自動的に行う。

 ロボット検索検索エンジンと同様の処理を行うのだが、処理する情報の量、そして解析速度の点で比較にならない。その処理する通信は1分間に300万。テキスト情報だけでなく電話などの音声認識も可能。通信される情報を、瞬時にあらかじめ登録されたコンピュター内の「辞書」と照合し、分類を行う。

 たとえば「サダム・フセイン」と「爆弾」という言葉を使用すると、自動的に「イスラム過激派」のリストに入れられる危険もあるという。

 エシュロンはもともと第2次世界大戦後の1947年に米国と英国との間で、大戦中の盗聴システムを世界規模で拡大維持していこうとする協定が締結されたことに端を発し、後にカナダなどが加わった。このエシュロンの存在を、長年、米英は隠し続けてきたが、2000年2月16日、エシュロンの存在を記録する米国防総省の機密文書が公開され、欧州連合(EU)で大問題となった。
 フランスは、2000年7月から、エシュロンについて、産業スパイ容疑で捜査に着手し、欧州議会も2000年7月5日の本会議で、エシュロン問題を討議する委員会の設置を正式に決定した。

 エシュロンは全世界の通信を無差別に盗聴するシステム。当然個人のプライバシーも脅威にさらされる。欧州の動きは、米国の人権団体のエシュロン反対運動に飛び火し、世界規模で、エシュロンの脅威が認識されつつある。もっとも欧州に比べて、我が国の反応は著しく鈍い。



エシュロン問題が国会へ


 そんな中、2000年7月、このエシュロン問題を、ヨーロッパで最初に取り上げたジャーナリストの1人、英国のテレビプロデューサーであるダンカン・キャンベル氏が来日した。
 そこで7月18日午前、参議院会館に、ダンカン氏を招き、国会議員らの勉強会が開かれた。
 呼びかけ人は、福島瑞穂(社民党)、中村敦夫(国民会議=さきがけ)、枝野幸男(民主党)、橋本敦(共産党)氏の4氏。野党議員ばかりだというのが、我が国の反応の鈍さを象徴している。機会あって、僕もその勉強会に参加することができた。

 ダンカン氏によると、エシュロンは、遠距離通信のために使用されるマイクロ波すべてを、世界各国にある120の地上基地と通信衛星で捕捉する。日本の三沢基地も、公式に認められたエシュロンの地上基地である。マイクロ波を使用しない国際通信、すなわち海底ケーブルを通した通信も、エシュロンは見逃さない。盗聴専用の軍事潜水艦も存在し、直接海底ケーブルに接続して盗聴する。
 ここまで来ると、まるでSF映画の世界のようだが、お金さえかければ、技術的に可能だ。

 しかもエシュロンは、もともと軍事盗聴の産物だが、無差別に盗聴する関係上、個人情報さえ入手できる。エシュロンの標的は、ローマ法王、故ダイアナ妃、マザーテレサら世界の著名人や、アムネスティ・インターナショナルなどの人権団体やグリーンピースなど国際環境保護団体にも及んでいるという。

 企業だってうかうかしていられない。その日、ダンカン氏が配布した資料によると、1994年から1998年までの間の国際競争入札で、日本が米国に競り負けた9回の入札に、エシュロンから得られた情報が米国企業に使われた可能性があるという。



令状のない盗聴は許されない


 昨年の通常国会で、大激論となり、一部修正して成立した組織犯罪対策法が、この8月15日に施行される。しかし同法によっても、盗聴の前提には裁判官の発する令状が必要とされている。
 エシュロンは明らかに令状のない盗聴だろう。しかもエシュロンは個人のプライバシーだけでなく、日本の主権をも侵すシステムである。日本も、エシュロンに対してやるべきこともあるはずだ。にもかかわらず、欧州に比べ極めて鈍い反応は何を意味するのだろうか?




 [参考]
 ■Yahoo!ニュース:エシュロン
 ■ネットワーク反監視プロジェクト