プライバシーの値段
2002年11月1日号
UP04/03/15
本文約2000字
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リード


 2002年5月、エステ大手のTBCの管理するサイトから約5万人分の個人情報が流出した事件が発覚した。その後も同種のプライバシーの流出事件が続出し、ファイル交換ソフトを通じ、ネット上を転々流通する事態となっている。そこで今回は、こうした事件の被害者が、いったいいくらの損害を企業に求めることができるか。検討してみたい。





NTT電話帳事件


 過去、裁判所で、プライバシーの値段が争われた事件で、参考になりそうなケースは4件ほどある。

 まず1件目であるが、都立高校の女性教師が、転居に伴って、電話帳に氏名・電話番号・住所を掲載しないよう依頼したのにもかかわらず、NTT が誤ってこれを掲載したというケースである。

 この事件で、東京地裁は、平成10年1月21日、氏名・電話番号・住所が、法的に保護されるプライバシーであるとしたうえで、NTTに、不法行為に基づく損害賠償として10万円の支払いを命じた。

 ただし女性教師が求めた金額は300万円、電話帳の配布先に、当該電話帳の廃棄を求める文書の配布も請求したが、いずれも否定されている。


ニフティ掲示板事件


 2つ目の事件は、眼科医の氏名、職業、診療所の住所及び電話番号が、ニフティのパソコン通信サービスの掲示板に無断で公開されたというものである。
 ただしこの眼科医の個人情報は、タウンページに掲載されている内容であった。

 この事件で、眼科医は、いたづら電話により生じた精神症状等に対する治療費として2380円、信用毀損による損害として50万円、慰謝料として100万円の合計181万0360円の支払いを求めた。

 このケースで、神戸地裁は、平成11年6月23日、プライバシー侵害を認め、書き込みをした者に対し、不法行為に基づく損害賠償として、治療費と慰謝料20万円の合計20万2380円を命じている。

 裁判所は、被告の掲示は、その時期、背景、その内容等に照らして何ら正当な理由がなく、眼科医の被害を認識、予見してなしたものと推認できること等から、故意に基づく不法行為を構成すると判断している。


宇治市住民データ流出事件


 京都府宇治市は、住民基本台帳のデータ(個人連番の住民番号、住所、氏名、性別、生年月日、転入日、転出先、世帯主名、世帯主との続柄など)を使用して、乳幼児検診システムを開発することを企画し、その開発業務を民間業者に委託した。

 ところが1999年5月、再々委託先のアルバイトの従業員が不正にこれをコピーし、名簿販売業者に販売し、更に他に販売したという事件が発覚した。流出した個人情報は、京都府宇治市住民データ約22万人分。「宇治市住民票」という名で、ネット上で販売された。

 宇治市の人口は約19万人。市民全員の個人データと外国人登録者のデータなどが流出してしまったという大事件だ。
 宇治市は、システムの開発に関わった20代の大学院生を、市の「個人情報保護条例」違反(秘密漏えい)の罪で告発したが、京都地検は99年12月、不起訴処分としている。
 
 この事件で、宇治市の市議ら住民3人は、宇治市に対し、一人当たり慰謝料30万円と弁護士費用3万円の支払を求めた。平成13年12月25日、大阪高裁は、プライバシーの侵害を認め、宇治市に対し、1人慰謝料1万円と弁護士費用5,000円の支払いを命じている。
 慰謝料が低額に抑えられた理由は、実害がなく、プライバシーの権利が侵害された程度・結果が大きいものとは認められないこと、宇治市がデータの回収等に努め、また市民に対する説明を行い、今後の防止策を講じたなどが理由である。


早稲田大学名簿提出事件


 早稲田大学は、中国の江沢民主席の講演会を企画し、平成10年11月28日に講演会を開催した。その際、早稲田大学は、参加希望学生に対し、名簿に氏名、学籍番号、住所及び電話番号を記載させたうえ、警視庁の要請により、その名簿を無断で提出した。これに対し学生6人が、早稲田大学に、プライバシー侵害を理由として、慰謝料各30万円、弁護士費用各3万円を請求した。

 このケースで、東京高裁は、平成14年1月16日、慰謝料として各1万円の支払いを命じたものの、弁護士費用は認めなかった。慰謝料が、低額に抑えられた理由は、当該個人情報が「個人の識別などのための単純な情報であって、思想信条、前科前歴、資産内容、病歴、学業成績、家族関係などのプライバシー情報と比較すれば、他人に知られたくないと感ずる度合いが低いものであり、開示により被った不利益は、現実的、具体的なものではなく、観念的、抽象的なものである」こと、「本件個人情報の開示が違法であることが認められれば精神的損害のほとんどは回復されるものと考えられ、提訴の目的も、金銭による賠償を求めるというより、むしろ個人情報の開示が違法であることの確認を求めるという意味が大きいこと」などがあげられている。注1


安すぎるプライバシーの値段


 以上4つの事件を俯瞰すると、おおよそであるが、プライバシーの値段が浮かび上がる。
 
 実害が出る、あるいは出そうな場合には、慰謝料が10万円から20万円。実害がない場合には、慰謝料1万円という図式である。
 
 企業サイトから個人情報が漏れ出したTBCなどの場合は、2次被害があるケースであるので、当然、前者の構成とよるということになろうが、それでも、慰謝料額があまりに低い感が否めず、費用倒れとなるため、司法上の救済が、事実上、閉ざされるという結果となる。

 昨今、名誉毀損事件の慰謝料が、あまりにも低いということで、高額化が図られたことと比較しても、矛盾がある。早急に、プライバシーの値段について、実務的に、高額化の方向で、見直しがされてしかるべきであろうと考える。注2、注3






以下の注は、04/03/15現在のものです。


注1 2003年9月13日、プライバシーの侵害が鋭く争われてきた2件の「早稲田大学江沢民事件」について最高裁判決が出され、早稲田大学側が事実上敗訴した。詳細は、2003年11月15日号「薄氷の最高裁判決」参照。


注2 もっとも、現状では、お詫び代としても、きわめて低廉なのが現状である。
ローソン、カード会員56万人分の個人情報流出-毎日新聞2003-06-26  500円のお詫び
■(株)ファミリーマート ファミマ・クラブ会員情報流出のお詫びと調査結果のご報告-2003/11/19 
「 会員の皆様に対しましては、別途郵便にて事実関係のご報告とお詫びをさせていただくことは当然といたしまして、パソコンのメールマガジンのデータに記録されていた18万2780名の会員の皆様には、お詫びの気持ちとして1000円相当のクオカードを送付させていただきます。また、その他の平成15年11月19日現在のファミマ・クラブの会員の皆様にはファミマ・ポイント100ポイントを付与させていただきます。」
ヤフーBB個人情報流出は451万人 孫社長が謝罪会見-毎日新聞2004-02-27 500円のお詫び


注3 2004年1月23日に、わずかの情報漏れということで発覚した、ヤフーBBの情報流出問題についての取材が殺到していますが、別稿必要とされるホームページのセキュリティ確保と、個人情報保護の対策のとおり、今回の事件は、おそらく初歩的なセキュリティ対策のミスだと思います。
 ソフトバンクBBに対する記者の追及は、弱すぎます。もっとソフトバンクBBの管理の状況を具体的に聞くべきです。