判例 平成13年3月27日 第三小法廷判決 平成7年(オ)第1659号 通話料金請求事件
要旨
 平成3年当時に加入電話契約者の承諾なしにその未成年の子が利用したQ2情報サービスに係る通話料につき,NTTが加入電話契約者に対してその金額の5割を超える部分の支払を請求することが許されないとされた事例

内容:
 件名 通話料金請求事件(最高裁判所平成7年(オ)第1659号平成13年3月27日第三小法廷判決,一部棄却,一部破棄自判)
 原審 広島高等裁判所(平成6年(ネ)第32号)
主    文
       1 原判決を次のとおり変更する。
        第1審判決中上告人敗訴の部分を次のとおり変更する。
        (1) 被上告人は,上告人に対し,5万0539円及びうち4万0762円に対する平成3年3月1日から,うち97             77円に対する同年4月2日から,各支払済みの前日まで年14.5%の割合による金員を支払え。
        (2) 上告人のその余の請求を棄却する。
       2 訴訟の総費用はこれを3分し,その1を上告人の,その余を被上告人の負担とする。

理    由
 上告代理人加藤一郎,同竹田穣,同佐藤安男,同安部隆,同渡辺昭典の上告理由
第一ないし第六について
 第1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
1 当事者等
 (1) 上告人は,平成9年法律第98号による改正前の日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号)に基づいて昭和60年4月1日に設立され,同日解散した日本電信電話公社の一切の権利及び義務を承継した会社であるが,平成3年当時,国内電気通信事業を経営することを目的とし,電気通信回線設備を設置して電気通信役務を提供する業務を営む第1種電気通信事業者であった。
(2) 日本電信電話公社は,昭和54年5月8日,原郷志との間で加入電話契約を締結し,これに基づいて加入電話(以下「本件加入電話」という。)が設置された。被上告人は,昭和55年9月2日,公社の承認を受けて,原郷志から電話加入権を譲り受け,その権利及び義務を承継した。
 (3) 平成3年当時における上告人と加入電話契約者との間の加入電話をめぐる関係は,当時の電話サービス契約約款(以下「本件約款」という。)に基づいて規律されていたところ,本件約款118条1項によれば,加入電話契約者は,その契約者回線から行った通話については,加入電話契約者以外の者が行ったものであっても,所定の通話料金の支払を要する旨定められているほか,本件約款131条によれば,加入電話契約者が支払期日を経過しても電話サービスの料金その他の債務の支払をしない場合には,支払期日の翌日から支払の日の前日まで年14.5%の割合による延滞利息を支払う旨定められている。
2 本件の経緯等
 (1) 上告人は,上告人が従前から有する電話料金の課金・回収のシステムを固有の電気通信設備を有しない事業者にも開放して,上告人の電話網を介して有料情報サービスを行おうとする者(以下「情報提供者」という。)のために,上告人が情報提供者に代わって,同サービスの利用者が情報提供者に対して支払うべき情報料の算定及びその回収を代行する仕組みを構築し,これに係る事業(以下「ダイヤルQ2事業」という。)を平成元年7月から開始した。同事業の実施対象地域は順次拡大され,平成2年10月にはほぼ全国的に実施されるに至った。
 (2) ダイヤルQ2事業における有料情報サービス(以下「Q2情報サービス」という。)の仕組みは,おおむね以下のとおりである。すなわち,情報提供者には,一般の地域別番号を付したものとは異なる「0990」で始まる番号が割り当てられ,利用者がQ2情報サービスを利用するためにこの番号に電話をかけると,音声ガイダンスにより同サービスが有料であること及び料金額についての説明がされた後,情報提供者から電話回線を通じて有料の情報提供が開始される。上告人は,情報提供者との間で締結されるダイヤルQ2(情報料回収代行サービス)に関する契約(以下「回収代行契約」という。)に基づいて,上告人の保有する機器により通話時間を測定するなどして情報料を算定した上,加入電話契約者に対し,ダイヤル通話料と一体として請求する。上告人は,回収した情報料から1番組当たり月額1万7000円及び回収した情報料の9%の割合による手数料を控除した残額を情報提供者に支払う。
 3 本件加入電話からのQ2情報サービス利用状況等
 (1) 被上告人の子(当時中学3年生の男子)は,平成3年1月2日から同年2月初めにかけて,被上告人の自宅に設置されている本件加入電話から,見知らぬ女性と会話する番組を提供する情報提供者に電話をかけて,被上告人の承諾なしにQ2情報サービスを利用した。その利用に係る通話料(以下「本件通話料」という。)は,平成3年2月分8万1525円(通話料7万9150円,消費税相当額2375円)及び同年3月分1万9555円(通話料1万8985円,消費税相当額570円)であった。
 (2) 被上告人は,平成3年1月当時Q2情報サービスの存在を知らなかったが,上告人から平成3年2月分の電話料金の請求を受けて,子が本件加入電話から同サービスを利用したことにより情報料を含む料金が高額化したことを知り,直ちにその利用規制の措置を講じた。なお,本件加入電話の従前の電話料金は,おおむね毎月1万円以内に収まっていた。
 4 ダイヤルQ2事業の問題点と上告人による改善措置等
 (1) 上告人は,ダイヤルQ2事業開始当初から,情報提供者の提供する番組の内容につき第三者機関である倫理審査機関による定期的審査を情報提供者に義務付け,最終的に不良と判断された番組については情報提供者との契約を解約することとし,その後の番組数の増加に伴い平成3年2月には倫理審査機関の体制も整備された。この間,上告人は,Q2情報サービスに関して,第三者利用やこれによる利用料金の高額化等の危険に対して,次のような改善措置を順次講じた。まず,平成2年10月から,加入電話契約者からの申出により当該加入電話からのQ2情報サービスの利用ができなくなるようにする利用規制の受付を開始するとともに,平成3年3月には,ダイヤルQ2ホットラインを開設して,制度の内容,仕組み,利用方法等の案内や利用者の意見,要望の受付を行うこととした。また,不特定の男女間の1対1の会話を目的とするいわゆるツーショット番組につき,同年6月以降情報提供者からの新規契約申込みの受付を中止し,同年10月以降既存番組についての契約も期間満了とともに順次打ち切った。そして,同年12月以降,請求書や料金明細書等において情報料と通話料を区分して表示するように改め,さらに,平成5年10月から番組を3種類のジャンルに分けて異なる番号帯を付与するジャンル別番組提供を実施し,平成6年3月からジャンルごとに利用規制を選択できるようにしただけでなく,同年7月ないし9月からは,大人向け要素のある番組等を含むジャンルについては,加入電話契約者から個別の利用申込みを受けた場合に限り,当該加入電話からの利用を可能とする取扱いに変更した。
 (2) 我が国に先立って電話による有料情報サービス制度を導入したアメリカ合衆国においては,ポルノ番組等の社会的に不健全な内容の利用が問題化し,昭和62年に利用規制を含めた対策を検討した調査報告書が作成され,昭和63年にいわゆるポルノ電話案内禁止法が成立するなど,電話による有料情報サービス制度に対する規制が実施されていた。
 (3) 上告人は,ダイヤルQ2事業の開始に際して,新聞紙上に事業開始を公表したり,追加された約款を店頭で表示したりしたものの,従来からの加入電話契約者に対してQ2情報サービスの利用意思を具体的に確認したり,同サービスの内容等につき個別的に告知したりすることなく,同サービスを既設の電話回線から一般的に利用可能なものとしてダイヤルQ2事業を開始した。
 (4) 平成3年1月ないし2月初め当時,Q2情報サービスにおいて情報提供者から提供される番組には,アダルト番組やパーティライン番組(互いに面識のない3人以上の者が同時に会話するもの),ツーショット番組等の利用額が高額化しがちで,かつ,青少年の健全育成にとって好ましいとはいえない内容のものが相当数存在しており,他方で,前記(1)で見たように,平成2年10月に利用規制の受付が開始された直後であって,その他の改善措置はいまだ講じられていなかった。
 第2 上告人は,被上告人に対し,本件通話料を含む本件加入電話に係る平成3年2月分ないし同年5月分の各電話料金(その内訳は第1審判決別表(二)のとおりである。)合計14万2891円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払の日の前日まで年14.5%の割合による約定遅延損害金の支払を求めている。なお,上告人の上記電話料金請求のうち本件通話料以外の部分については,第1審判決において請求が認容され,これに対して被上告人から上訴がされていないため,上記部分は当審における審理判断の対象とはなっていない。
 第3 前記事実関係の下において,原審は,次のとおり判示して,被上告人には本件通話料の支払義務はなく,上告人の本訴請求のうち本件通話料に係る分を棄却すべきものと判断した。
 上告人が,各加入電話契約者の意思を具体的に確認することなく,Q2情報サービスを既設の電話回線から一般的に利用可能なものとしてダイヤルQ2事業を創設し,第三者利用やこれによる利用料金の高額化等の危険が十分予想されるにもかかわらず,上記サービスの内容やその利用規制等につき加入電話契約者に告知しておらず,被上告人もその存在すら知らなかったこと,Q2情報サービスの目的が情報の授受にあり,情報提供時間に比例して通話料も増加していく関係にあって,この場合の通話料は,同サービスの利用に係る情報の授受によって初めて発生し,通話それ自体から生ずる一般通話における通話料とは発生経緯を異にしていること,Q2情報サービスに係る情報料と通話料は,最終的な帰属先を異にするとはいえ,本件加入電話からの通話により情報提供者との情報提供を目的とする契約が成立する関係にあり,上告人においても,電話加入契約者に対し,情報料と通話料の区別なく一体として請求していたこと,本件通話料の金額が,本件加入電話の従前の通話料に比して著しく高額であり,被上告人にとって予想外の金額であることなどにかんがみれば,上告人が,被上告人に対し,本件通話料につき,本件約款118条に基づいてその支払を請求することは,信義則に反し許されない。
 第4 しかしながら,原審の前記判断のうち,上告人の本件通話料請求について信義則を考慮した点は是認し得るとしても,同請求が信義則に反するとしてこれをすべて棄却すべきものとした点は,直ちにこれを是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 1 加入電話契約者は,加入電話契約者以外の者が当該加入電話から行った通話に係る通話料についても,特段の事情のない限り,上告人に対し,支払義務を負う。このことは,本件約款118条1項の定めるところであり,この定めは,大規模な組織機構を前提として一般大衆に電気通信役務を提供する公共的事業においては,その業務の運営上やむを得ない措置であって,通話料徴収費用を最小限に抑え,低廉かつ合理的な料金で電気通信役務の提供を可能にするという点からは,一般利用者にも益するものということができる。したがって,被上告人は,本件約款の文言上は,上告人に対して本件通話料の支払義務を負うものといえる。
 しかし,加入電話契約は,いわゆる普通契約約款によって契約内容が規律されるものとはいえ,電気通信役務の提供とこれに対する通話料等の支払という対価関係を中核とした民法上の双務契約であるから,契約一般の法理に服することに変わりはなく,その契約上の権利及び義務の内容については,信義誠実の原則に照らして考察すべきである。そして,当該契約のよって立つ事実関係が変化し,そのために契約当事者の当初の予想と著しく異なる結果を招来することになるときは,その程度に応じて,契約当事者の権利及び義務の内容,範囲にいかなる影響を及ぼすかについて,慎重に検討する必要があるといわなければならない。
 2 今日のように,一般家庭に広く電話が普及し,日常生活上不可欠な通信手段となったのは,通常の家庭における日常の電話利用を前提とする限り,特段の注意を払わなくても,家族等による電話利用が契約当事者の予想の範囲内にとどまり,また,その利用に伴う料金も日常の生活経費に織り込まれた金額の範囲内に納まっているからである。このような事実関係を前提として,加入電話契約者は,日常の電話利用から生ずる通話料について,それが誰の利用によるものかを問わず,原則として,そのすべてについて支払義務を負うことを承認しているのであり,他方,上告人は,電気通信役務の提供に必要な機構を構築してその機能及び情報を管理し,加入電話契約者に対して予定された電気通信役務を提供することを期待されているのである。
 3 ところで,今日,通信に関する高度技術の発展に伴い,電気通信事業が急激に拡大し,市民の生活を豊かにするとともに,その生活様式さえも一変しつつあることは公知の事実である。従来,国営企業として電気通信役務の提供を一手に引き受けていた電電公社が民営化されて一般企業と同様な株式会社となり,電気通信事業の拡大に乗り出すとともに,電気通信事業法に基づく電気通信事業が自由化され,これに伴って従来固有の電気通信設備を有しなかった事業者にも上告人の電気通信設備が開放されて,ダイヤルQ2事業のような新たな事業が創設されるに至ったのも,こうした流れに沿うものであって,その発足当初,Q2情報サービスの内容やその料金徴収手続等において改善すべき問題があったとしても,そのこと自体から上記のような事業の存在そのものを否定的に評価することは相当でない。
 しかし,Q2情報サービスは,既設の電話回線から直接情報提供者に対して電話をかけることにより多種多様な情報を取得することができ,その情報内容によっては時間的に制限のない娯楽を提供することも可能であり,しかも情報提供者は加入電話契約者と同一市内に限られず全国に広域化していたというのであるから,従来の日常生活において予定された通話者間の意思伝達手段としての通話とは異なり,その利用に係る通話料の高額化に容易に結び付く危険を内包していた。そして,本件当時においては,青少年に対する誘惑的要素を多分に含んだ番組も相当数に上っていたために,加入電話契約者の監護下にあって経済的能力のない青少年が加入電話契約者に隠れてひそかにQ2情報サービスを利用し,加入電話契約者は,上告人からの電話料金の支払請求を受けて同サービスの利用に係る料金が著しく高額化したことを初めて知らされ,それまではその利用の事実を認識することができないという事態が生じたということができる。すなわち,このようなQ2情報サービスの開始は,日常生活上の意思伝達手段という従来の一般家庭における加入電話契約のよって立つ事実関係を変化させたものということができるのである。
 4 そうすると,加入電話契約において,加入電話の管理,ひいてはいかなる者にいかなる程度の電話利用を許すかは加入電話契約者の決し得るところであるとしても,上告人は,他方において,電気通信役務提供の条件やそのあり方を自ら決定し,事業の内容等についての情報を独占的に保有する立場にあるのであるから,ダイヤルQ2事業の創設に伴ってQ2情報サービスの無断利用による料金高額化の危険が存在していた以上,上告人には,本件当時既に生活必需品として一般家庭に広く普及していた電話に関わる公益的事業者として,ダイヤルQ2事業の開始に当たり,あらかじめ,加入電話契約者に対して,同サービスの内容や危険性等について具体的かつ十分な周知を図るとともに,その危険の現実化をできる限り防止するために可能な対策を講じておくべき信義則上の責務があったということができる。
 確かに,ダイヤルQ2事業の創設が電気通信事業の自由化に伴う初めての試みであることから,上告人において,当時,前記危険が広範に現実化するという事態までは想定していなかったとしても,上告人は,その分野における専門家として,我が国に先立って米国で実施された同種事業において既に生じた種々の問題やこれに対する対策等についても知り得る立場にあったことなどからすれば,上記の点は,上告人の前記責務を否定しあるいは軽減する理由にはならないというべきである。
 そして,上告人が前記責務を十分に果たさなかったために,加入電話契約者がQ2情報サービスの存在やその危険性等についての十分な認識を有しない状態の下に適切な対応策を講ずることができず,加入電話契約者以外の者,とりわけ生計を同じくする未成年の子等によるQ2情報サービスの多数回・長時間にわたる無断利用により通話料が日常生活上の利用による通常の負担の範囲を超えて著しく高額化し,加入電話契約者において上記通話料の負担を余儀なくされるといった契約当事者の予想と著しく異なる結果を招来した場合には,上告人が加入電話契約者に対して上記通話料の支払を請求するに当たって,信義則上相応の制約を受けることになってもやむを得ないといわなければならない。
 5 以上を要するに,ダイヤルQ2事業は電気通信事業の自由化に伴って新たに創設されたものであり,Q2情報サービスは当時における新しい簡便な情報伝達手段であって,その内容や料金徴収手続等において改善すべき問題があったとしても,それ自体としてはすべてが否定的評価を受けるべきものではない。しかし,同サービスは,日常生活上の意思伝達手段という従来の通話とは異なり,その利用に係る通話料の高額化に容易に結び付く危険を内包していたものであったから,公益的事業者である上告人としては,一般家庭に広く普及していた加入電話から一般的に利用可能な形でダイヤルQ2事業を開始するに当たっては,同サービスの内容やその危険性等につき具体的かつ十分な周知を図るとともに,その危険の現実化をできる限り防止するために可能な対策を講じておくべき責務があったというべきである。本件についてこれを見ると,上記危険性等の周知及びこれに対する対策の実施がいまだ十分とはいえない状況にあった平成3年当時,加入電話契約者である被上告人が同サービスの内容及びその危険性等につき具体的な認識を有しない状態の下で,被上告人の未成年の子による同サービスの多数回・長時間に及ぶ無断利用がされたために本件通話料が高額化したというのであって,この事態は,上告人が上記責務を十分に果たさなかったことによって生じたものということができる。こうした点にかんがみれば,被上告人が料金高額化の事実及びその原因を認識してこれに対する措置を講ずることが可能となるまでの間に発生した通話料についてまで,本件約款118条1項の規定が存在することの一事をもって被上告人にその全部を負担させるべきものとすることは,信義則ないし衡平の観念に照らして直ちに是認し難いというべきである。そして,その限度は,加入電話の使用とその管理については加入電話契約者においてこれを決し得る立場にあることなどの事情に加え,前記の事実関係を考慮するとき,本件通話料の金額の5割をもって相当とし,上告人がそれを超える部分につき被上告人に対してその支払を請求することは許されないと解するのが相当である。
 6 そうすると,これと異なる見解に立って,上告人が本件通話料につき本件約款118条1項の規定に基づいてその支払を請求することは信義則上許されないとして,上告人の同請求を全部棄却すべきものとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの限度で理由がある。そして,前記説示に照らせば,上告人の同請求は,本件通話料の5割に相当する金額,すなわち,平成3年2月分として4万0762円(円未満切捨て。以下同じ。)及び同年3月分として9777円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みの前日まで年14.5%の割合による約定遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余を失当として棄却すべきものである。
 第5 以上に説示するところに従い,第1審判決中上告人敗訴の部分は前記のとおり変更されるべきであるから,原判決を本判決主文第1項のとおり変更することとする。
 よって,裁判官千種秀夫,同奥田昌道の補足意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 裁判官千種秀夫の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見に与するものであるが,その理由中,本件のようないわゆる附合契約と信義則との関係について,若干補足しておきたい。
 1 従来,信義則は,個々の契約において,契約上の権利の行使又は義務の履行に関して論じられることが多く,その適用事例も,個々の契約において,個別的事情を考慮する場合が一般的であったように思われる。そのため,本件のように,一つの約款によって,多数の者が契約関係に入るいわゆる附合契約においては,各契約者の個別の事情を取り上げて個々の契約上の権利義務を論ずるには適さないとする考え方があり,上告人の論旨も,また,これに沿うものと理解される。
 2 しかしながら,本件のような附合契約においても,契約の基礎を成す信義誠実の原則が排除されるものではない。本件の具体的事案に即して考えると,以下のようにいうことができる。
 (1) 加入電話契約の一方当事者である一般の加入電話契約者についてみると,加入電話契約者は,加入電話の利用から生ずる通話料については,それが誰の利用によるものかを問わず,原則として,そのすべてについて支払義務を負うのであるから,当人としては,その負担が一定限度の範囲内に納まるものであることを予測して契約を締結しているものであって,もし,その枠を超えるものであったなら,契約を解消し,その負担を免れなければならない立場にある。また,もし,電話の利用が多数回又は長時間に及び,その通話料の支払が自らの負担に耐えられないおそれがあるならば,その利用を制限するなど,当該電話の管理,監視を強化しなければならない。概して言って,今日のように一般家庭に電話が普及し,日常生活の上で不可欠な通信手段となったのは,通常の家庭において,特段の注意を払わなくても,家族等の電話利用が量,質ともに加入電話契約者の予想の範囲内にとどまり,また,その料金も日常の生活経費に織り込まれた額の範囲内に納まっているからである。したがって,もし,事情が変わり,契約当事者の予測に反し,何らかの事由により,加入電話契約者不知の間に,電話による通話の量,質が急激に変動したとするならば,加入電話契約者は,経済的に不測の事態に陥るおそれなしとしない。
 (2) したがって,今日,電気通信事業の自由化と拡大が,時代の流れとして当然視されるものであるとしても,その結果,具体的に,利用者,殊に通話料を一手に負担すべき加入電話契約者にとって,その立場がどのように変わっていくのかが分明でなければ,加入電話契約者としては,その電話の利用をどのように監視したらよいかについて明確な考えに思い至らず,その結果は,予想を超える高額な通話料の支払を余儀なくされるおそれなしとしないのである。
 (3) 事実,原審の確定したところによれば,加入電話契約者である被上告人は,平成3年1月当時はいまだQ2情報サービスの存在を知らなかったが,上告人から同年2月分(平成2年12月27日から翌3年1月28日までの間の分)の通話料金として合計42万余円の請求を受け,日頃1箇月分の通話料が1万円前後であるのに対してその余りにも高額なことに驚き,調査したところ,当時中学3年生の男子である被上告人の子が,被上告人に無断で本件加入電話からQ2情報サービスを利用し,見知らぬ女性と会話する番組を提供する情報提供者に電話をかけたため,その情報料とそのための通話料等が一般の通話料と合わせて請求されていたことが判明し,さらに,そのうち,情報料(この部分は,上告人において,本訴では請求していない。)を除いた,Q2情報サービス利用に係る通話料(消費税相当額を含む。)だけでも8万1525円に上ることが判明した。被上告人は,その際,加入電話契約者側の申出があれば利用制限も可能であることを知ったので,同年2月5日急きょその措置を講じ,そのため,同年4月分以降の通話料の請求は数千円程度の額に激減した。ただ,同年3月分(同年1月29日から2月28日までの間の分)については,この措置が講じられる前の分があったため,情報料を含む通話料としての請求総額は12万余円に上り,そのうちQ2情報サービス利用に係る通話料(消費税相当額を含む。)は,1万8985円であったというのである。
 (4) このような額の通話料が果たして,当時,本件加入電話契約の下で,当然予想し得たものであったかは問題である。従来1箇月の通話料が1万円前後であった加入電話契約者(多くは一般家庭の世帯主であると思われる。)の家庭において,40万円を超える通話料を支払うことは,一般の予想をはるかに超える負担である。そのうち,情報料の支払義務はないものとして計算しても,なお,Q2情報サービス利用に係る通話料だけで,2月分は8万余円となり,3月分は途中までではあるが,なお1万8000円余りと通常月の約2倍の額に達する。これは,一般家庭においては,家計の見直しを余儀なくされざるを得ない額といえるのであって,被上告人が直ちにその制限措置を講じ,難を免れたのは故無しとしない。
 3 それでは,そのような結果を招来した原因はどこにあるかを考えると,これが,電気通信事業の自由化に伴って,上告人が情報Q2サービスという新規事業を開始したこと,殊に,その情報の内容が,中学・高校生のような未成年の子の強い関心をひくものであったことに起因するものであったことは明らかである。このような事業が,一般的に言って,それ自体歓迎されこそすれ,非難されるべきでないことは後記のとおりであるが,それは,電話による通話に関して世間一般の人々が従来抱いていた常識の枠を超え,広汎な分野にわたる多様な情報を提供するものであったから,その内容及び利用の仕方によっては,従来とは異なった頻度で又は長時間にわたり,また,予想を超える遠距離間で通話が行われ,それに伴って通話料が急騰するおそれがあったといえるのであって,本件の先の事態は,正にそのようにして生じた結果であったといえる。
 4 今日,通信に関する高度技術の発展に伴い,電気通信事業が急激に拡大し,市民の生活を豊かにするとともに,生活様式さえも一変しつつあることは公知の事実である。従来,国営企業として,一般国民に対し,電気通信役務の提供を一手に引き受けていた日本電信電話公社が,一般企業と同様な株式会社となり,電気通信事業の拡大に乗り出すとともに,電気通信事業法に基づいて電気通信事業が自由化され,これに伴って従来固有の電気通信設備を有しなかった事業者にも,上告人の電気通信設備が開放され,Q2情報サービスのような通信事業が創設されるに至ったのも,この流れに沿うものであって,その発足の当初,そのサービスの内容や料金徴収手続等において改善すべき問題があったとしても,そのこと自体から上記のような事業の存在そのものを否定的に評価することは相当ではない。
 5 しかしながら,上告人と被上告人の関係は,公権力の行使のように,事業者の一方的意図に利用者が従う関係ではなく,電気通信役務の提供とこれに対する通話料の支払との双務契約の関係であるから,この契約の前提となる事実関係は,契約当事者双方が共通に認識し得るものでなければならない。すなわち,契約は,当事者双方が,その契約のよって立つ前提事実について,互いに真実を伝え,その事実関係に基づいて,互いに相手方が契約に定めた義務を履行するものと信じ,初めて成立するものであって,契約における信義誠実の原則は,正にこの真実と信頼を意味するのである。
 6 前記のQ2情報サービスは,その内容からしても,同居の未成年の子等による無断の多数回,長時間にわたる利用を誘発するおそれのあるもので,殊に遠距離間でそれが利用される場合,その通話料が更に高額化するという危険を内包していたものであったから,このようなQ2情報サービスを既設の電話回線から,一般的に,従来と変わらぬ方法で利用できるようにするに当たっては,上告人としては,加入電話契約者に対し,Q2情報サービスの開始を告知するとともに,その内容を説明して,加入電話契約者に,家族らを含め,これを利用した場合に生じ得る料金の高額化の危険性について配慮する機会を与え,更には,そのおそれがある場合の利用規制等についてもこれを告知しておくことが,契約における信義則上要請される責務というべきである。
 7 しかしながら,原審の認定したところによれば,上告人はダイヤルQ2事業の開始に当たって,従来からの加入電話契約者に対して,Q2情報サービスの利用意思を個別的に確認したり,同サービスの内容やその内包する問題性等について参考となるべき具体的事情を告知したりしたことはなく,単に新聞紙上に事業開始を公表したり,追加された約款を店頭に掲示したりしたに過ぎず,番組の審査体制の整備や利用制限の告知も,その開始当初は十分ではなかったというのである。そうであれば,上告人としては,契約上その果たすべき責務を十分に果たさなかったというべきであって,そのために生じた異常に高額な通話料債権の請求に当たっては,信義則上,これに応じた制約を受けるものといわなければならない。
 8 もっとも,上告人としても,この種事業が史上初めての試みであって,従来の加入電話契約をそのまま利用するものであったことから,本件のように,加入電話契約者において深刻な事態が発生することを予想していなかったとも考えられ,殊更その危険性を秘匿していたとは断じ得ないけれども,原審が認定した,その後の各種改善措置や,我が国に先立つ米国における同種事業において生じた各種の問題とこれに対する対策等について,その専門的立場からこれを知る機会を持ちながら,その点について十分な配慮をしないままこの事業を開始したことからすれば,それらの事情は前記の責務を軽減するものとはいえない。
 9 また,他方,加入電話契約者においてもしそのような事実を知って自らQ2情報サービスを利用し,あるいは他人がこれを利用することを承知して,そのために当該電話から通話が行われたのであれば,加入電話契約者がその通話料を支払うべきは当然である。他人に電話の管理を任せきりにし,また,現実に電話を利用した者が加入電話契約者とはある程度独立した成人であって,電話の利用が加入電話契約者との契約に基づく関係にあるなど,その料金の回収が予想される場合にも,その料金の支払を拒む理由は見いだし得ない。
 しかしながら,本件において,本件加入電話からQ2情報サービスを利用したのは被上告人の未成年の子であって,被上告人はその事実を知らなかったのである。被上告人としては,子供の電話利用についてはそれなりの監視義務を負っているとはいえるけれども,加入電話契約上の義務の履行としては,通話料の支払の点に限られるのであって,いかなる種類の通話であっても,被上告人がこれを承諾するものである限り,その通話料を支払うべき義務があることは当然であるが,反面,もしこれが被上告人の承諾のない通話であって,それが従来の契約上予想されていないものであった場合には,前述の考慮が必要といえるのである。
 10 以上を要するに,本件加入電話契約においては,本件約款118条1項において,加入電話を利用する側の加入電話契約者は,上告人に対し,これを利用した者が誰であるかを問わず,その通話料を支払う義務を負うことが原則であるけれども,これは,それまでの通常の通話の状態を前提とするものであって,これを変更する新たな事態が創出され,これに伴って通話料の負担についても大きな変動が起こり得る可能性がある場合には,これを創出した上告人の側において,その内容等を加入電話契約者に周知徹底させ,その不知から生じ得る危険を未然に防止すべき契約当事者としての信義則上の責務があり,これを怠ったことにより,利用者たる加入電話契約者が不知の間に,その支払うべき通話料が予想をはるかに超える高額なものとなった本件のような場合には,加入電話契約者において,その事由を解明し,その防御措置を講ずるために要する相当な期間は,上記新規事業に係る通話料につき,上告人は,相当割合を超えて請求することは信義則上許されないというべきである。
 なお,その法理に関しては,奥田裁判官の補足意見を援用する。
 裁判官奥田昌道の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見が,Q2情報サービスの利用に伴う加入電話契約者に対する様々な危険性が存在していたゆえに,上告人において,ダイヤルQ2事業の開始に当たって,加入電話契約者に対して同サービスの内容や危険性等について具体的かつ十分な周知を図るとともに,その危険の現実化をできる限り防止するために可能な対策を講じておくべき信義則上の責務があったとし,本件事実関係の下において,被上告人が通話料の著しい高額化の事実及びその原因を認識してこれに対する措置を講ずることが可能となるまでの間に発生した通話料についてまで,本件約款118条1項の規定の存在を理由として被上告人においてその全部を負担すべきものとすることは,信義則ないし衡平の観念に照らして直ちに是認し難い,と判示したことに対して,これを全面的に支持するものであるが,その法的根拠に関して補足的に意見を述べておきたい。
 1 双務契約関係の存続中に,当該契約関係の存立の前提として両当事者が想定していた事実ないし事情に著しい変更が生じた場合に,それが当該契約関係にどのような影響を及ぼすか,また,当事者はそれに対してどのような対処の可能性を持つかについては,第一次的には,当該契約の定めるところに従って規律されるべきである。しかし,それに関して契約において何らの定めもされていない場合には,法律に明文の規定があるならばそれに従って規律されるが,法律に明文の規定を欠く場合には,契約関係全体を支配する信義誠実の原則(以下「信義則」という。)にのっとって最も衡平妥当な合理的な解釈が導き出されなければならない(民法1条2項参照)。
 しかしながら,一口に信義則といってもその適用場面ないしそれによる規律内容は様々であり得るし,その規律が恣意に流れることになっては,かえって法的安定性を害し,衡平にかなわない結果に終わるおそれなしとしない。それゆえ,信義則に依拠すべき場合にも,できる限り,類似の利益状況に対する実定法上の他の諸規定の規律内容とその基礎にある利益衡量及び評価を参照することが望ましいと考える。
 2 このような観点からみるとき,本件の衡平妥当な解決の指針を提供してくれる規定として,私は,損害保険契約の存続中に,契約締結時に両当事者が契約の基礎ないし前提として認識していた危険が,契約締結後に著しく変更又は増大し,若しくは消滅した場合について,保険契約の存続ないし消滅に関して規律する商法の諸規定を挙げたい。
 (1) 保険者の責任が始まる前において保険契約者又は被保険者の行為によらないで保険の目的の全部又は一部につき保険者の負担に帰すべき危険が生じないこととなったときは,保険者は保険料の全部又は一部を返還しなければならない(654条)。
 (2) 保険契約の当事者が特別の危険を斟酌して保険料の額を定めた場合において,保険期間中にその危険が消滅したときは,保険契約者は将来に向かって保険料の減額を請求することができる(646条)。
 (3) 保険期間中に危険が保険契約者又は被保険者の責に帰すべき事由によって著しく変更又は増加したときは,保険契約はその効力を失う(656条)。
 (4) 保険期間中に危険が保険契約者又は被保険者の責に帰すべらからざる事由によって著しく変更又は増加したときは,保険者は契約の解除をすることができる。ただし,その解除は将来に向かってのみその効力を生ずる(657条1項)。
 (5) 保険期間中に危険が保険契約者又は被保険者の責に帰すべからざる事由によって著しく変更又は増加した場合において,保険契約者又は被保険者がその変更又は増加を知ったときは,保険契約者又は被保険者は,遅滞なくこれを保険者に通知しなければならない。もしその通知を怠ったときは,保険者は危険の変更又は増加の時より保険契約がその効力を失ったものとみなすことができる(657条2項)
 (6) 保険者が上記(5)の通知を受け,又は危険の変更若しくは増加を知った後,遅滞なく契約の解除をしなかったときは,その契約を承認したものとみなす(657条3項)。
 3 本件との関係で上記2の諸規定をみるならば,(3)ないし(6)の規律が参考になる。(3)は,一方当事者(保険契約者又は被保険者)に帰責されるべき,危険の著しい変更又は増加の場合につき,保険契約の当然の失効を定めて,保険者が将来負うことのあるべき負担を免れしめている。これは両当事者が合意の前提とした最も重要な事情(危険)が一方当事者によって変更されたからである。その場合には契約は拘束力を失うものとしたのである。これを本件に即してみるならば,その意図の是非は別として,上告人側の一方的事情により,Q2情報サービスという新たなサービスが加わり,しかもそれが加入電話契約者において予想しない通話料金の高額化という,加入電話契約者の欲しない負担を惹起することになったのであるから,このような新たなサービスの開始に当たっては,本来ならば個別に加入電話契約者の了解を取り付けるべきであったとも考えられる。しかしながら,Q2情報サービスの利用も同じ電話回線を使用しての利用であり,新たなサービスが加わるごとに一々加入電話契約者側の承諾を得なければ,その利用に関しては従前の契約の拘束力が及ばないというのは余りにも非現実的であるといわなければならない。
 私は,上記の諸規定のうち,本件の解決にとって最も参考となり得る規定は(4)ないし(6),なかんずく,(5)の規律であると考える。すなわち,そこでは,保険契約者側において,その責に帰せられない事由によって危険が著しく変更又は増加した場合に,保険契約者側に遅滞なく通知する義務を課している。
 本件に即してみるならば,上告人としては,Q2情報サービスという新たなサービスの提供に当たって,その内容と加入電話契約者側において生じ得べき新たなかつ著しく高額な利用料金の負担という危険発生の可能性について加入電話契約者側に周知せしめ,加入電話契約者においてそれに対する従来とは異なる管理措置又は新たなサービスの利用を拒絶する措置を講じる可能性を与えるべきであったことになる。
 このような上告人における義務(法廷意見では「責務」と表現されている。)の懈怠の効果としては,(5)に定められているような契約の失効を擬制させる救済ではなく,その利用料金の全額を被上告人に負担させない解決が望ましい。すなわち,上告人において利用料金全額の債権が発生するとみるべきではなく,上告人の義務懈怠を勘案して債権の発生が一定限度に縮減されるものと解したい。
 このような解釈の法的根拠としては,民法上の過失相殺の規定(418条,722条2項)の根底にある利益衡量に求め得るものと考える。すなわち,形式的にみれば,発生した損害の全額につき損害賠償債権が生ずべきところ,債権者(被害者)側の事情が損害の発生ないし増大に寄与しているとみられる場合には,債務者(加害者)において負担すべき損害賠償責任の範囲・額の決定において斟酌する,すなわち,全額を債務者(加害者)の負担とはしない,との規律である。
 本件においては,法廷意見の述べるごとく,新たに発生した利用料金の負担については,両当事者が平等に負担することが最も衡平妥当な解決であると考える。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)