すべての違法収益を被害者へ返そう!
-「消費者庁の設置と違法収益の被害者還付制度の必要性」-
初出2008年2月22日
 UP2008年3月2日
一部訂正2008年6月20日UP

弁 護 士 紀  藤  正  樹



1 初めに

 本年、福田康夫首相が、各省庁縦割りになっている消費者行政を統一的・一元的に推進するための、強い権限を持つ新組織を設置する構想を示されたことで、現在、与野党や、政府の消費者行政推進会議等で、急ピッチにこの問題の検討が進められています。

 私は、近未来通信被害対策弁護団弁護団長のほか、同種被害であるL&G被害対策弁護団副団長、ワールドオーシャンファーム被害対策弁護団の弁護団員、そして神世界被害対策弁護団団長などの被害者多数の救済事件を担当しています。

 これら被害者を多く抱え、そして被害救済の難しさを共有する弁護団に多く携わってきた者として、強く違法収益の剥奪が、重要であると訴えるものです。


2 悪質な消費者被害の実情

 既に破綻した近未来通信事件(約3000人から約200億円の被害)、L&G事件(約5万人から約1000億円の被害)、ワールドオーシャンファーム事件(約4万人から約600億円の被害)などの悪質な消費者被害においては、より悪質な故意事案、犯罪事案ほど、逃げ足が速く、最近では海外逃亡事案も増えてきています。被害回復をしようにも無資力であるか、財産すらないことがほとんどで、破産申立てすら困難な事案があります。

 たとえば近未来通信事件においては、破産手続きで現在集約できているお金がわずか2000万円という有様で、この種の事件においては、被害回復が年々難しくなってきているのが実情です。


3 違法(犯罪)収益は本来被害者に返すべきもの
 
 この種の事件では、常に違法(犯罪)収益の取り扱いが問題となります。そもそも本来的に犯罪収益は、すべて被害者からの財産で得られたものです。ですからどういう形であれ、犯罪収益は、最終的に被害者に返すべき性質のものです。ところが現状、犯罪収益の多くは、国や銀行などが先取りする法制となっています。基本的におかしいというほかありません。

 特に、近未来通信などのような大量消費者被害型の破綻悪徳企業においては、被害回復財産すらないような事案があり、不正義性が顕著です。一般的な救済手続きがぜひとも必要で、国や民間が保有する違法(犯罪)収益からの被害者還付制度の必要です。

 ところが、現状、たとえば刑事罰としての財産没収制度と被害者との関係など、一部の犯罪収益について、被害者還付制度が制度化されたほかは、特に国税と被害者の関係など、法制度が完備できていないのが現状です。


4 わが国の立場

 わが国は、平成16年6月2日に消費者基本法を施行しています。その第3条には「国の責務」として、「国は、経済社会の発展に即応して、前条の消費者の権利の尊重及びその自立の支援その他の基本理念にのつとり、消費者政策を推進する責務を有する。」としています。また平成17年4月1日には犯罪被害者等基本法が施行されています。その第4条は、「国の責務」として、「国は、・・・犯罪被害者等のための施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。」としています。

 法の整合性の立場からは、国は、すべての法律を、この消費者基本法及び犯罪被害者基本法により、見直していく必要があります。
既に個別法としては、①刑事事件の没収・追徴の場合については、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律が改正され、「犯罪被害財産」(財産犯等の犯罪行為によりその被害を受けた方から得た財産又はその財産の保有や処分に基づき得た財産(組織的犯罪処罰法13条2項))を犯人からはく奪して、被害者に還付する制度が平成18年12月1日に施行されています。また②銀行口座については、平成20年6月21日施行予定の「振り込め詐欺被害者救済法(犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律)」が制定され、銀行口座に残されている犯罪(違法)収益の一部が被害者に還付される制度が作られています。


5 法の不備

 しかしいまだ見直しがはかられていない欠落部分がいくつかあります。一つは③国税との関係です。犯罪会社や犯罪会社につとめていた社員が納めた税金を被害者に還付する制度が作られていません。近未来通信被害のように、税金の還付以外に救済が難しい事案においては、この点は、きわめて重要です。現状、一般法がない状態で、豊田商事事件やジーオー事件などの事件で還付例があり、個別事案ごとに、国税庁の胸先三寸で還付が決められているのは、行政の統一性の観点からも不合理です。既にオウム真理教事件においては、「オウム真理教に係る破産手続における国の債権に関する特例に関する法律(平成10年4月24日施行)」があり、救済が図られていることから見ても、税金との関係では、一般法が必要です。
 さらに④銀行預金についても、振り込め詐欺事案だけでなく、すべての対象犯罪について、すきまのない統一的な法律が必要です。米国では、不明口座については、3年で休眠口座化、5年で会計検査院長が管理(特別会計となる)し、その後国庫という流れが州法で定められています。もちろんこの間、権利が証明されれば、永久に還付される制度となっていますが、銀行に、違法収益の時効取得を許さず、最終的に国庫に帰属させる制度があり、制度の透明性が確保されています。ほかにも⑤行政罰としての課徴金制度と被害者との調整も必要です。違法企業に課徴金を課しつつ、これが被害者への救済に回らない制度となっているのも問題です。
 そして何よりも、①ないし⑤の制度が、省庁縦割りではなく、統一的な法として、被害者救済の観点からの一般的かつ横断的法律が必要です。


6 行政官訴訟(米国では、父権訴訟parens patriae actionと呼ばれている。)の必要性

 加えて、行政組織が、消費者に代わって、詐欺企業を訴えることを可能とする行政官訴訟制度の創設も、不可欠です。なぜなら多くの消費者被害の救済においては、個々の消費者は、上記の点とあいまって、費用面から、そもそも訴訟等の正当な手続きを行うことなく、泣き寝入りをすることがほとんどだからです。
 また昨今の食品の産地偽装事件などでも明らかなとおり、実態は個々の消費者に対する詐欺行為であるにもかかわらず、個々の被害者に生じた被害はごくわずかであることから、民事ルールでは解決ができず、その収益を被害者に返金する制度もないことから、違法収益のプールを問題企業に許し、結局、このことが、問題企業のやり得をうみ、わが国において、消費者被害が繰り返される要因となっています。

 加えて行政官訴訟は、当該行政官に、問題企業に対する指導、監督、調査等の権限を付与することで、当然に、訴訟を有利にすすめることを可能とします。また指導、監督権限を当該行政官が持つことで、司法取引的な処理も可能となり、被害の救済を迅速にすることも可能にします。

 この点は、調査権のない民間に委ねられた団体訴訟では無理な点であり、消費者被害の救済のためには、団体訴訟の創設では、不十分であることは明らかです。


7 いわゆる「消費者庁」の設置の必要性

 わが国においては、今、福田首相が、各省庁縦割りになっている消費者行政を統一的・一元的に推進するための、強い権限を持つ新組織(いわゆる「消費者庁」)を設置する構想を示しています。この議論の中で、違法収益をどう扱うかという点が、与野党問わず、議論となっていますが、違法収益を加害者から徹底的に剥奪し、そしてその違法収益を被害者にきちんと返すという制度がなければ、やり得と泣き寝入りを助長してしまう社会となります。このことが繰る返される消費者被害の原因ともなっています。
 
 そして違法収益の被害者還付制度が必要である以上、どのような制度をとっても、結局、縦割りではない、一元的な還付制度が構築されることが、行政の中立性から見ても合理的です。

 そのためには被害者還付制度を、一元的な制度とできる「消費者庁」などの組織の設置が必要不可欠で、上記①ないし⑤を含めた国に集められたすべての違法収益の被害者還付制度の統一的な窓口を設けるべきであろうと考えます。

 しかも違法収益の早期確保の制度が整うと一般にその基金には余剰が出ます。加えて国に集められた違法収益はいわゆる「色のないお金」として集められますので、この制度が整い、基金的なものができれば、消費者被害だけでなく、すべての犯罪被害者、すなわち人身被害者を含めたすべての被害者への救済への道を開くものです。

 今こそ「違法収益は被害者に返そう!」という制度(consumer redress and disgorgement mechanisms)が求められています。


以上