上   申   書


  平成12年2月1日
日  本  脱  カ  ル  ト  研  究  会( J D C C )
  理  事  長    高  橋  紳  吾
(  事務局 弁護士  滝 本 太 郎 )

内 閣 内 政 審 議 室   御中

                   


  いわゆるオウム真理教(麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体ー以下「オウム集団」という)の信者の社会復帰対策につき、このための省庁連絡会議を職掌する御庁に対し、次の通り上申いたします。

        上  申  の  趣  旨

1  政府において、オウム集団を脱会し松本智津夫に帰依することを辞めた者が就職するとき、また就職した後これに属していたことが判明したとき、使用者は何らの差別もしてはならないこと、並びにこの者らの居住移転につき何の差別があってはならないことを、公に言明し、また関係部局に対応するよう指導されたい。

2 政府において、公安調査官に対し、また各都道府県を通じて警察官に対し、無差別大量殺人を行った団体の規制に関する法律にかかる観  察処分またその他の調査を実施するにつき、その構成員の調査をする  にあたっては、その心理状態を慮り万一にも現実社会への反発心・嫌悪感を助長することのないよう、接触の環境及び言辞を注意深くする、自宅近辺への事情聴取はなるべく控える、勤務先にまず訪ねることはしないなどの配慮をされたく、立入調査も拠点となっている場所  以外にやむなくするときは周囲に知られないように十分に注意されたく、まして脱会した元構成員については立入調査が違法であること留  意され、脱会者本人への真に任意での秘密での面談以外の調査をされることのないように、指導されたい。

  政府において、オウム集団の構成員並びにその脱会者と接触する可能性のある職種である公安調査官、警察官、刑務所ないし拘置所係官、保健所職員、人権擁護部局、児童相談所職員、精神科医、宗教関係部局、住民票の異動や生活保護にかかる部局及び各大学、各高等学校の学生対応部局などに対し、政府の各省庁において直接、また各都  道府県及び政令指定都市を通じて、破壊的カルトの構成員の心理状態、マインド・コントロールの実態、並びにその予防方法と「溶く」  ために心すべきこと、脱会後の心理状態と対応などを示すべく、またこれら家族らからの相談に応じられるべく、当会会員の協力を得るな  どして、政府において冊子を作成し、これを頒布されたい。

  政府において、オウム集団に囲われている児童につき児童福祉法上の措置を果敢に取るべく、また児童の就学拒否をせぬよう、それぞれ  関係省庁、地方公共団体に指導され、また構成員の住民票不受理について適法かつ適切な解決を図るべく指導されたい。

  政府においては、破壊的カルトにかかるオウム集団などからの社会復帰に資するため、カウンセリング体制を充実させるなどすべく、そ  の方策につき、当会と協議されたい。

    上  申  の  理  由

1  当会は、オウム集団の構成員に対するカウンセリングの交流をもともとの課題として、精神科医、社会心理学者、宗教者、宗教学者、弁護士らが集って研究・交流を重ねるべく、平成7年11月に設立されたもので、今まで交流会を23回、宿泊してのカウンセリング講座を  3回開催してきているものです。

    この間、オウム集団など破壊的カルトの構成員、これを脱会した者、またこれら家族に対するカウンセリングに多数あたり、オウム集団構成員の拘置所や刑務所での面会もするなどして、その解決にあたってきました。また、行政の各機関からも事実上様々な相談・紹介が  あり、さまざまな負担の中で、でき得る限り応じてきたものです。

  破壊的カルトの問題は、さまざまな違法行為を繰り返す集団として治安問題としても看過できないものでありますが、その本質は、構成  員に対するその自由意思を拘束するマインド・コントロールによる信条等の確信と状況の拘束力にあるのであり、真の解決は、構成員の心を溶き自ら考える能力を意欲を回復させること、脱会後の人生観・世界観などの喪失感を癒すこと、家族らが適切な対応をすることなくしては、あり得ないものです。

  このたび、破壊的カルトであるオウム集団に対しては、上申の趣旨  記載の観察処分がなされて実施されようとし、またこれに伴い特定破産法人の破産財団に属すべき財産の回復に関する特別措置法が適用されることにもなります。

    しかるに、問題の本質は前記の通りでありますから、これら治安立法ないし特別法によって十分な解決を見ることはあり得ないのであり、右2法の目的さえも、各構成員の信条等における確信を溶くこと  なしには、またその後の喪失感を癒すことなしには、十分に達成され  るものではありません。

  そこで、上申の趣旨のとおり、上申するものです。
    すなわち

  (1)  すべてのオウム集団の構成員は、これを脱会し、かつ松本智津夫への帰依を辞めた後に、かかる集団に属していた自己嫌悪と固く信じていた世界観・人生観の喪失を経て、立ち直って就職するなどの社会復帰にまで至ることが理想であります。しかし、これは著しい  精神的な苦痛を伴うものであり、時にこれにくじけて「信じている方が楽」としてオウム集団に戻ったり、自殺にまで至ってしまうものです。

    かかるとき、職業や居住場所での差別まであっては社会復帰が図れる筈もありません。また、そのような状態では、関係者において本人  にオウム集団から離れることを慫慂することも一層困難になるものです。

    よって、憲法上また労働基準法上の当然の原則として、上申の趣旨1記載の通り求めるものです。

  (2) 前記の通りの観察処分が決定され、いま実施されようとしていますが、これまでの間、公安調査官また警察官の様々な調査において、オウム集団の構成員に対してはもちろん、元構成員の調査にあっ  て勤務先にその事実を告げる、周囲に聞き込んで居住しにくくなる、などの事態が相当数見られてきたものであります。

    これらは、1と同様、元構成員の心理からして社会復帰を阻害するものであり、法の本来の目的である危険性の完全なる除去をも阻害するものでもあります。

   よって、上申の趣旨2記載の通り上申します。

  (3)  破壊的カルトにおける構成員の心理状態、かかる状態に陥いる  いわゆるマインド・コントロールは社会心理学に言う影響力を与えるテクニックを集積した特殊なものであって、従前それぞれの職種の方が持っていた専門的知見だけでは十分に対応し得ないものと存じます。

    例えば、ある取り調べにおいては教祖麻原彰晃こと松本智津夫の写真を踏ませようとして却って信仰を強めさせたこともあり、ある児童相談所においてはもともとオウム集団において児童虐待の実態におく元凶だった出家信者である片親との他の者のいない状態での面談を認めたり、ついには戻して再びオウム集団とともに生活する児童が出た  りしているものであり、これらは破壊的カルトにおける構成員の心理状態についての理解が十分でなかったことを示すものです。

    また、著名ないくつかの国立・私立大学ではこの数年の間、オウム集団が新しい構成員を確保すべくダミーサークルなどを組織していた  ものであり、これらによりこの集団に新たに入った者も存在する状態です。家族らは、各所に相談に行っていますが、なかなか適切な対応ができず助言もできないものであり、行政機関から事実上、当会を紹介してくる事例も続いているものです。

    よって、オウム集団など破壊的カルト集団の構成員、元構成員と接したり、破壊的カルト集団が新メンバーを勧誘するべく跳梁跋扈する  機会のあることのある部局・職種の方々に、理解を深めて適切な対応を取れるようにすべく、上申の趣旨3記載の通り上申します。

  (4)  オウム集団に対しては、昨年来、構成員に対する住民票の不受理が続いており、さらに児童であるにかかわらずその就学を拒否するという事態が続いています。もともと、オウム集団において住民票が  居住実態とあわないことが過去10年間程あり、かつ子どもについてもオウム集団の側から学校教育法の義務に違反し就学させていなかった事実があり、児童らは虐待されつづけていたという実態にあったものです。

    しかし住民票の受理に関する昨年来の事態は、オウム集団の構成員に対し、オウム集団がしてきたことの違法性を知らしめるという積極  的な効果もあったものの、一方で被害者意識を増長させるものでもありました。かような事態はカウンセリングの際の障害にもなり、家族らにとって本人の所在が不明となってきた事例も多く、カウンセリン  グや家族対応のきっかけを再び作ることも困難となります。
    特別二法が施行され観察処分が決定した今、市町村が乗っ取られるという事態でもない以上、オウム問題の解決の観点からかような異常な事態は収拾すべきものであります。

    更に、閉鎖された環境からする児童の心理状況は今も質的には変化していないのですから、児童相談所は十分な対応をとるべきであり、地方公共団体がしている就学拒否に至っては、オウム集団での宗教選択・人生選択の自由を奪われたまさに被害者たる児童に対して、さらに追いうちをかけるものであり、その健全な育成を望めず、オウム問  題の解決にも障害となるものです。

    よって、上申の趣旨4項記載のとおり求めます。

  (5)  破壊的カルトの問題は、しばしば宗教問題そのものと誤解されていますが、その本質はマインド・コントロールの手法により教祖ないし特定の主義主張に絶対的に服従して違法行為を繰り返すところにあるものです。

    だからこそ、宗教団体でなく自己啓発セミナー、療法教室やボランティア団体などから出発した破壊的カルトも存在しているのであって、その構成員の心理状態は極めて似通っているものであります。こ  れは、オウム集団のみならず他の破壊的カルトについても対応してき  ている当会会員らにおいて、強く思うところであります。

    よって、カウンセリングへの支援ないし協力というは、国家が信教の自由を侵害する畏れのあるものではなく、むしろ、宗教にかかる団  体であれば信教選択の自由を確保するためのものであり、その他の団体であれば幸福追求のための人生選択の自由を守るためのものであり、国家その他においてこれをなしてもなんら問題ではなく、国民の福祉に尽くすものであります。

    よって、上申の趣旨5記載の通り上申します。

  以上の点は、前記団体規制法議決の際の参議院附帯決議第四項にも副うものでもあり、これらがそれなりに実現されなければ、国会の決議が無視されたといっても過言ではありません。

    よって、御庁に対し、また御庁を通じて各省庁各部局に上申すべく、上申の趣旨記載の通り求めます。

以 上