初出:ビジネス実務法務(中央経済社)2000年1月号56頁
初出タイトル:使っていいの?「MP3」
(本文約4000字)
UP00/02/08
Cyber Red Card
MP3とは何か? 最近マスコミの記事で違法なMP3ソフトが摘発されたという記事をよく目にします。一方でMP3ソフトが再生可能なプレーヤーが発売されたという報道もありました。MP3がコンピュータソフトの一種であることはわかるのですが、MP3と、従来のCDやMDなどとはどこが違うのでしょうか? MP3の名前は、もともと映像のデジタルデータ化・圧縮技術の国際標準規格であるMPEGの音声圧縮フォーマット「Layer3」から来ています。MPEGの規格は映像部と音声部に分かれており、その音声部を「MPEG Audio」といいます。これは圧縮率により「Layer1~3」に分けられており、このうち「Layer3」の規格で作られた音声形式が「MPEG Audio Layer3」略して「MP3」なのです。 ちなみに映像の圧縮技術であるMPEGは、既にMPEG-1とMPEG-2の2方式が定められており、ビデオCDなどの記録方式に使われているのがMPEG-1です。ただし画質はVHSビデオのレベルです。これに対しMPEG-2は、DVDビデオの記録方式に使われており、ハイビジョン並みの画質が得られます。 こうした次世代映像技術の開発の中でもたらされたのが、今回のテーマである音声圧縮・解凍技術、MP3なのです。 MP3の衝撃 MP3の特徴はいくつかありますが、まず音声再生のためのモータが不要となったということです。従来の音声再生技術であるレコードやCD・MD、カセットなどは、いずれも回転系再生部分が不可欠です。ところがMP3の技術は、メモリーだけで音声を再生する技術を人類に初めてもたらしました。 MP3プレーヤーは、モータ部分がありませんので、持ち運んでも音飛びはしないし、故障しにくく、小型化・軽量化が可能です。つまりMP3は、従来の音声再生ツールとは、一線を画する画期的な技術なのです。 こうした事情から、日本でも、現在MP3ソフトを再生する小型プレーヤーが、続々商品化されています。ちなみに米国では、MP3ソフトを再生するプレーヤーの販売が98年から始まっていますが、。これに対し、米国レコード産業協会が「音楽の著作権侵害を助長する」と言う理由で、98年 10月、販売差し止めを求めたという事件があります。しかしこの訴えは認められませんでした。 MP3のもう一つの大きな特徴は、CDなどの音声情報を、ドラッグアンドドロップで簡単に約 10分の1に圧縮できるということです。従来は5分の曲でデータ化に15分くらかかりました。それがたった1分半くらいでデータ化できることを意味します。これは同時に短時間で音声情報をダウンロードすることも可能にするわけで、MP3は、ネットワーク上で音楽などを配信することも可能にしました。 このようにハード業界、ソフト業界ともに、MP3は、大きなビジネスチャンスを有む革命的なソフトと言えますが、逆にこのMP3の利点は、著作権で保護されている既存の音楽ソフトなどの侵害も簡単にできるということも意味します。 しかもMP3自体は無料のソフトです。インターネットは、誰もが自由に表現発信できると言う環境を生みましたが、MP3技術と合体することによって、著作物の違法コピーを全世界に発信することも可能にしたのです。 違法MPソフトの氾濫 実際、MP3を使用して新譜のコピーを無料で配布している違法なホームページが登場しています。日本音楽著作権協会(JASRAC)によると、国内だけで約3000曲の違法なMP3ファイルが発見されているといいます。さらに国際レコード産業連盟によると、全世界ベースでは、違法はMP3ファイルは、100万曲以上と推計されています。こうした無法状態に対し、今年になって、わが国の警察も動き出しました。 違法なMP3ソフトが初めて摘発されたのは、99年5月のことです。愛知県警が、5月26日までに、札幌市に住む会社員の少年(18)宅を、著作権法違反(公衆送信権と公衆送信可能化権侵害)の容疑で家宅捜索をおこないました。少年は、MP3を使い、B'zや宇多田ヒカルなどの人気CDを無断で複製し、インターネットのホームページにのせていました。 このニュースを各紙が伝えたのは5月27日付け朝刊ですが、その前日、朝日新聞朝刊は、1面トップの扱いで、警察庁の摘発強化の動きを伝えていました。同紙によると、悪質な著作権違反のケースは、積極的に権利者に告訴をするよう働きかけるとともに、各都道府県県警にも摘発強化の指示が出されたとのことです。 次に強制捜査に入ったのは秋田県警です。秋田県内の町役場の男性職員(39)が、そのホームページに人気アニメの主題曲を載せており、著作権法違反(公衆送信権と公衆送信可能化権侵害)の容疑で、8月19日に書類送検されました。 10月20日には栃木県警が、都内の少年(19)をやはり著作権法違反(公衆送信権と公衆送信可能化権侵害)の容疑で書類送検にしたとの報道がなされました。少年は4月から摘発されるまで、GLAY、ラルク・アン・シエルなどの人気曲70曲あまりをホームページに載せていたとのことです。 本稿を脱稿する99年11月2日までに、MP3関連で摘発されたのはこの3件ですが、今後もこうした摘発が続くのは間違いないと思います。 「公衆送信権」と「公衆送信可能化権」 ここで難しい法律上の言葉が出てきたので解説しておきたいと思います。いずれも著作権法の97年改正で認められた権利です(同法23条、92条の2、96条の2)。98年1月1日から施行されました。 「公衆送信」とは、無線、有線、通信、放送を問わず、公衆に向けて行うすべての送信行為を言います。インターネットを通じて著作物のコピーを公衆に向けて送信する行為も、この著作権者の「公衆送信権」を侵害することになります。 これに対し「公衆送信可能化」とは、著作物のコピーを公衆送信が可能な状態に置くことを言います。つまり利用者がいつでも著作物をダウンロードできる状態に置くだけで、著作権者の「公衆送信化権」を侵害することになります。公衆送信の前段階である「公衆送信が可能な状態」を摘発可能とするために認められました。言わばダウンロード、つまり違法な著作物の頒布が確認しなくても、ホームページの内容だけで逮捕を可能にしたのが、この「公衆送信化権」の実態です。 つまり、98年から著作権侵害の摘発は容易になっており、99年は、いつ違法なMP3ソフトの摘発があってもおかしくはない状態だったのです。 ところで日本音楽著作権協会(JASRAC)では、悪質なケースについては、電子メールでホームページの開設者に対し警告するとともに、プロバイダに違法ページの削除を要求しています。 もちろん私的利用の範囲内で著作物を利用することは許されますが(著作権法30条)、前述の3事件は、無断で複製した著作物をインターネット上で送信し、また送信可能な状態に置いた行為です。いずれも3年以下の懲役か300万円以下の罰金が科せられる犯罪です(同法119条)。しかも、そもそもホームページの開設者がサーバーにアップする行為自体も、私的利用の範囲を超えており、著作権者の複製権を侵害する犯罪にあたります(同法21条、96条、119条)。 ダウンロードする行為は犯罪か? 「CDをお持ちの方以外はダウンロードしないでください。当方は一切の責任を持ちません」 こうしたサイトにはこのような免責文が付せられていることが多々あります。既に指摘したように、どんなにとりつくろってもサイトの運営者の行為は犯罪です。では違法なMP3ファイルをダウンロードする行為は犯罪となるのでしょうか? これは現在のところ処罰対象とされていないというのが結論です。もっともこれまでの強制捜査で、警察は公衆送信権の侵害も捜査対象としていますので、捜査の必要性から送信を受けた側も事情聴取の対象となります。 また違法MP3ソフトを譲り受けた者が、明らかに著作権侵害をあおるような行為をしている場合などには、著作権法違反の幇助犯にあたる可能性もあります。 いずれにせよ、こうした違法なMP3ソフトをダウンロードする場合には、それなりの覚悟が必要でしょうから、「君子危うきには近づかず」という観点が大切です。 インターネット・リスク教育の重要性 警察庁は99年3月4日、生活安全局長と刑事局長などの連名で、全国の都道府県警に三つの指示を出しました。 1 ネット上の違法情報を排除のための積極的なサイバーパトロール 2 ハイテク犯罪の摘発強化 3 企業などの相談に積極的に応じ国民への注意喚起を行う。 一連の違法なMP3ソフトの摘発が、こうした流れの中で行われたのは明白です。 しかし一方、摘発された三件の例でも明らかですが、著作権法違反事件の実情は、もともと犯罪傾向のある者が行って多額の利益を受けているという悪質な事件ではなく、一般人が、インターネットとMP3いう便利なツールを手に入れてしまったために引き起こした、偶発的事件とも言えるものです。 実際上記摘発例3件のうち2件までもが少年の事件だということにも注意すべきです。 したがってこうした事件を未然に防ぐと言う観点からは、義務教育などの早い段階で、インターネットの使い方やそのリスクなどを、十分に教育するなどといった、教育現場での配慮が、インターネット時代には、重要となるのではないかと思います。 |