判例 平成13年3月27日 第三小法廷判決 平成11年(受)第766号 不当利得返還等請求事件
要旨
 1 加入電話契約者以外の者がQ2情報サービスを利用した場合には,加入電話契約者は,特段の事情がない限り,情報料債務を負担しない
 2 加入電話契約者以外の者が利用したQ2情報サービスに係る情報料について,加入電話契約者がNTTに対してした支払が法律上の原因を欠く場合に,NTTがこれによって得た利得を喪失したものとはいえないとされた事例


内容:
 件名 不当利得返還等請求事件(最高裁判所平成11年(受)第766号平成13年3月27日第三小法廷判決,一部棄却,一部破棄自判)
 原審 福岡高等裁判所(平成10年(ネ)第444号)
主    文
1 原判決を次のとおり変更する。
第1審判決中上告人に関する部分を次のとおり変更する。
(1) 被上告人は,上告人に対し,41万円及びこれに対する平成4年10月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 上告人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理    由
 上告代理人近藤正隆,同尾崎英弥,同松本光二,同中村博則の上告受理申立て理由について
 第1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
1 当事者等
 (1) 被上告人は,平成9年法律第98号による改正前の日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号)に基づいて昭和60年4月1日に設立され,同日解散した日本電信電話公社の一切の権利及び義務を承継した会社であるが,平成2年ないし3年当時,国内電気通信事業を経営することを目的とし,電気通信回線設備を設置して電気通信役務を提供する業務を営む第1種電気通信事業者であった。
 (2) 上告人は,平成2年ないし3年当時,被上告人との間の加入電話契約に基づいて自宅に加入電話(以下「本件加入電話」という。)を設置していた。
 2 本件の経緯等
 (1) 被上告人は,被上告人が従前から有する電話料金の課金・回収のシステムを固有の電気通信設備を有しない事業者にも開放して,被上告人の電話網を介して有料情報サービスを行おうとする者(以下「情報提供者」という。)のために,被上告人が情報提供者に代わって,同サービスの利用者が情報提供者に対して支払うべき情報料の算定及びその回収を代行する仕組みを構築し,これに係る事業(以下「ダイヤルQ2事業」という。)を平成元年7月から開始した。
 (2) ダイヤルQ2事業における有料情報サービス(以下「Q2情報サービス」という。)の仕組みは,おおむね以下のとおりである。すなわち,利用者がQ2情報サービスを利用するために情報提供者に割り当てられた番号に電話をかけると,音声ガイダンスにより同サービスが有料であること及び料金額についての説明がされた後,情報提供者から電話回線を通じて有料の情報提供が開始される。被上告人は,被上告人の保有する機器により通話時間を測定するなどして情報料を算定した上,加入電話契約者に対し,ダイヤル通話料と一体として請求する。被上告人は,回収した情報料から一定の手数料を控除した残額を情報提供者に支払う。なお,情報料については,被上告人が3分間当たり10円ないし300円の12段階に分けて設定した料金表から,情報提供者が自由に選択して決定する。
 3 情報料の回収代行に関する約款の内容等
 (1) 被上告人は,ダイヤルQ2事業を開始するに当たって,情報料の回収代行に関して被上告人と加入電話契約者等との関係を規律するものとして,当時の電話サービス契約約款(以下「本件約款」という。)に162条ないし164条を追加した。本件約款162条は,Q2情報サービスの利用者(その利用が加入電話からの場合はその加入電話の契約者)は情報提供者に支払う当該サービスの料金等を被上告人がその情報提供者に代わって回収することを承諾する旨,同163条1項は,被上告人は,Q2情報サービスの料金等については,ダイヤル通話料及びその延滞利息に含めて当該サービスの利用者に請求する旨定めていた。
 (2) 被上告人は,情報提供者との間で締結されるダイヤルQ2(情報料回収代行サービス)に関する契約(以下「回収代行契約」という。)に基づいて,Q2情報サービス利用に係る情報料を同サービスの利用者(その利用が加入電話からの場合はその加入電話契約者)から回収し,1番組当たり月額1万7000円及び回収した情報料の9%の割合による手数料を控除した残額を情報提供者に支払うものとされていた。なお,回収代行契約4条は,情報提供者は,被上告人が回収代行の対象となるQ2情報サービスに係る料金を被上告人の機器により測定し,ダイヤル通話料及びその延滞利息と一体としてQ2情報サービスの利用者に請求することを承諾する旨定めていた。
 (3) 回収代行契約6条により,情報提供者は,利用者に提供する情報サービス等の提供条件について,被上告人が定めた情報等提供者ー利用者間標準約款(有料情報サービス契約約款。以下「標準約款」という。)に規定する内容を盛り込んだ契約約款を定めて利用者の閲覧に供するものとされていたところ,標準約款6条では,Q2情報サービスの利用者(その利用が加入電話からの場合はその加入電話契約者)は,その利用時間と情報提供者が選択した料金種別に応じて算定される情報料の支払を要する旨定めていた。
 4 本件加入電話からのQ2情報サービスの利用状況等
 (1) 上告人と同居していた長男(当時18歳・定時制高校2年生)は,本件加入電話から,上告人に無断で,Q2情報サービスを利用した。本件加入電話に係る平成2年12月分から平成3年3月分の電話料金合計43万2597円の内訳は原判決別紙のとおりであるところ,この電話料金中のダイヤル通話料の項目には,上記期間中の本件加入電話から行った通話に係る通話料金のほかに,上告人の長男によるQ2情報サービス利用に係る情報料(以下「本件情報料」という。)が含まれており,その金額は,平成2年12月分が11万8456円,平成3年1月分が10万2973円,同年2月分が3万2798円,同年3月分が14万3832円の合計39万8059円であり,これに消費税相当額を加算した額は41万円(円未満切捨て。)となる。
 (2) 上告人は,平成2年12月分の電話料金の請求を受けた際,その金額が多額であることから,被上告人行橋営業所に赴いて説明を求めたところ,担当者から,その請求金額にはQ2情報サービス利用に係る料金が含まれており,子供が同サービスを利用したと考えられる旨の説明を受けた。上告人が長男に尋ねたところ,同人が同サービス利用の事実を認めたため,やむなく電話料金を支払い,平成3年1月分から同年3月分の電話料金についても,長男の同サービス利用に係る料金が含まれていることを知って,その支払をした。
 5 被上告人は,上告人から支払を受けた本件情報料につき,回収代行契約に基づく手数料を控除した上,その残額を情報提供者に対して支払済みである。
 第2 上告人は,前記事実関係の下において,長男のQ2情報サービスの利用は上告人の承諾を得たものではなく,上告人には本件情報料の支払義務がないから,被上告人に対して支払った本件情報料は不当利得となるとして,被上告人に対し,本件情報料相当額41万円及び同サービス利用に係る通話料相当額9922円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成4年10月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延利息の支払を求めている(なお,上告人は,原判決中通話料相当額の不当利得返還請求に係る部分について,上告受理申立ての理由を記載した書面を提出しない。)。
 第3 原審は,次のとおり判断して,上告人の本件情報料相当額の不当利得返還請求を棄却すべきものとした。
 1 Q2情報サービスの利用者が情報提供者に電話をかけて情報の提供を受けることにより,利用者と情報提供者との間に有料情報提供契約が締結され,利用者は情報提供者に対して同サービスの利用時間に応じた情報料債務を負担する。上告人の長男は上告人に無断で同サービスを利用したものであり,上告人は本件情報料債務を負担するものではない。
 2 上告人は,被上告人行橋営業所の担当者から説明を受け,長男に同サービス利用の事実を確認した上,平成2年12月分から平成3年3月分の電話料金の中に長男の同サービス利用に係る料金が含まれていることを知って,それを自らが負担する意思の下にその支払をしたものであるから,上告人の本件情報料の支払は第三者弁済となる。
 3 仮に,上告人が本件情報料の支払義務が自らにあると誤信して支払ったため,その弁済が非債弁済となり,上告人に本件情報料相当額の損失が生じたとしても,被上告人は,本件約款162条1項及び情報提供者との間の回収代行契約に基づいて,本件情報料を上告人から回収して情報提供者に支払済みであるから,被上告人には利得が現存していない。
 第4 しかしながら,原審の第3の2,3の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 1 加入電話からQ2情報サービスの利用が行われた場合,利用者と情報提供者との間で,その都度,情報提供者による電話を通じた情報等の提供と利用者によるこれに対する対価である情報料の支払を内容とする有料情報提供契約が成立し,利用者は情報提供者に対して同サービスの利用時間に応じた情報料債務を負担し,情報提供者は利用者に対する情報料債権を取得することになる。そして,同サービスの利用が加入電話契約者以外の者によるものであるときには,有料情報提供契約の当事者でない加入電話契約者は,情報提供者に対して利用者の情報料債務を自ら負担することを承諾しているなど特段の事情がない限り,情報提供者に対して情報料債務を負うものではない。
 被上告人は,回収代行契約6条において,情報提供者に対して,情報提供者と利用者との間で締結される有料情報提供契約に関する契約約款の作成を義務付けているところ,標準約款は,被上告人が,回収代行契約を締結するに際し,情報提供者に対して,有料情報提供契約に関する契約約款に盛り込むべき標準的内容を示したにすぎないものであって,加入電話からのQ2情報サービスの利用に係る情報料債務を加入電話契約者が負担する根拠となるものではない。また,本件約款162条は,加入電話契約者が情報提供者に対してQ2情報サービス利用に係る情報料債務を自ら負担している場合において,情報提供者に対して支払うべき情報料債務につき被上告人が情報提供者に代わって回収することを承諾する旨を定めているにすぎないと解すべきであるから,加入電話からのQ2情報サービスの利用が加入電話契約者以外の者によるものである場合において,その利用に係る情報料債務を加入電話契約者が負担する根拠となるものではない。
 2 本件についてこれを見ると,上告人の長男による本件加入電話からのQ2情報サービスの利用は加入電話契約者である上告人に無断でされたものであり,上告人において長男の情報提供者に対する本件情報料債務を自ら負担することを承諾していたなど特段の事情もうかがわれないから,上告人は本件情報料債務を負担するものではない。
 そして,前記事実関係によれば,上告人が被上告人からの請求を受けて平成2年12月分ないし平成3年3月分の電話料金の支払に応じたものであるところ,被上告人からの電話料金の請求においては,本件情報料についても本件加入電話から行った通話に係る通話料金と一体としてダイヤル通話料の項目に含めた形で請求されていたというのである。そうすると,上告人において被上告人から請求された電話料金の中に上告人の長男によるQ2情報サービス利用に係る料金が含まれていたことを知っていたとしても,そのことだけから直ちに,ダイヤル通話料として請求された分の中に,長男が情報提供者に対して負担すべき本件情報料が含まれていることまで認識していたものと即断することはできないというべきである。したがって,他に格別の事情もうかがわれない本件においては,上告人が被上告人から請求を受けた電話料金中に自己の負担する債務ではない本件情報料が含まれていることを認識した上で,長男の負担する本件情報料債務について弁済する意思をもって支払をしたものということはできず,その支払によって本件情報料債務が消滅するものではない。
 3 被上告人は,回収代行契約に基づき,情報提供者に代わって加入電話契約者からQ2情報サービス利用に係る情報料を回収するものであるところ,回収代行契約4条は,情報提供者は,回収代行の対象となる有料情報等サービスに係る料金を被上告人の機器により測定し,ダイヤル通話料及びその延滞利息と一体として有料情報等サービスの利用者に請求することを承諾する旨定めており,本件当時においては,被上告人が,加入電話契約者に対する電話料金の請求に際して,加入電話からの通話に係る通話料金と一体としてダイヤル通話料の項目に含めて情報料相当額をも請求していたことからすれば,被上告人は,本件当時,情報提供者からの委託を受けて,自己の名において加入電話契約者に対するダイヤル通話料として情報料相当額を請求していたものであって,被上告人が情報提供者の代理人として情報料の回収を行っていたものではないというべきである。
 これを本件について見ると,前記のとおり,被上告人は,自己の名において本件情報料相当額をダイヤル通話料と一体として請求しており,他方で,上告人は,本件情報料債務を負っておらず,被上告人に対しても本件約款162条に基づきその支払義務を負担するものではないから,被上告人が上告人から受領した本件情報料相当額の金員につき,本件情報料債務の弁済としてその効果が情報提供者に帰属するとはいえず,上告人の本件情報料相当額の支払は,被上告人に対する非債弁済となるものと解される。
 4 前記事実関係によれば,被上告人は,情報提供者との間の回収代行契約に基づいて,上告人から支払を受けた本件情報料相当額から所定の手数料を控除した残額を情報提供者に引き渡しているけれども,被上告人が情報提供者に対して回収した情報料の引渡義務を負うのは,情報提供者に対して情報料債務を負担する加入電話契約者から情報料を回収した場合に限られるというべきであり,また,前記のとおり,上告人の被上告人に対する本件情報料相当額の支払は非債弁済となるのであって,そもそもこの金員は,被上告人が回収代行契約に基づく事務処理に当たって受け取ったものとはいえないのであるから,被上告人がこれを情報提供者に引き渡したとしても,回収代行契約に基づく受取物引渡義務の履行と見ることはできず,情報提供者は,引渡しを受けた金員を保有すべき法律上の原因を有するものではない。そうすると,被上告人は,情報提供者が上告人に対して本件情報料債権を有していることを前提として支払った本件情報料相当額については,情報提供者に対して不当利得としてその返還を請求する権利を有しているものということができ,特段の事情のない限り,同返還請求権の価値に相当する利益をなお保有していることになるから,被上告人が本件情報料相当額の金員を情報提供者に引き渡したとしても,これによって直ちに被上告人が上告人からの非債弁済によって得た利得を喪失するものとはいえないと解するのが相当である。そして,上記特段の事情につき何ら主張立証のない本件においては,上告人は,被上告人に対し,本件情報料相当額につき,不当利得に基づきその返還を請求することができるというべきである。
 第5 以上の次第で,上告人の本件情報料相当額の不当利得返還請求を棄却すべきものとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり,原判決中上記請求に関する部分は破棄を免れない。そして,前記説示に照らせば,上記請求には理由があり,これを認容すべきものであるから,原判決を本判決主文第1項のとおり変更することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)