サイバーストーカーとの戦い 2000年6月1日号 UP03/11/21 最終更新2014/01/28 本文約2000字 MAC||HOME |
リード 「ストーカー」は、獲物、敵などに忍びよるという意味の英語「stalk」が転じた言葉だが、今や日本語と定着した感がある。それだけ被害者が多いということだろう。しかし、ストーカーを直接取り締まる法律はなく、誹謗中傷発言、掲示板あらし、メール爆弾など、ネット上で繰り返し行われるストーカー行為は、事実上放認されている。こうした現状を打破する法の整備が焦眉の課題なのだが・・・。 ■埼玉県警の不祥事 1999年10月26日、埼玉県桶川市のJR桶川駅前で帰宅途中の猪野詩織さん(当時21)が、ストーカーと化した元恋人の関係者によって殺害された。 事件は世間に大きな衝撃を与えた。猪野さんは、何度も埼玉県警に相談し告訴までしていた。にもかかわらず、埼玉県警はほとんどろくな捜査もせず、この事件を未然に防げなかった。 しかも埼玉県警は、捜査義務の生じる告訴状を単なる被害届に改ざんする工作をしていた。注1 この事件に限らず、ストーカー事件が殺人事件に発展したケースは数多くあり、ストーカー対策は、法制上焦眉の課題となっている。嫌がらせを繰り返すというストーカー行為自体は犯罪ではなく、殺人罪、傷害罪、名誉毀損罪、脅迫罪、住居侵入罪などに発展すればともかく、それまでは警察はまったく手が出せない。 ただし企業活動だけは例外。ストーカー行為は、通常、業務妨害罪にあたる。つまりここで注意しなければならないのは、「守られていないのは、一般市民だけだ」ということだ。 ■ネット上のストーカー 話をネットの問題に移そう。ネット上で嫌がらせを繰り返すサイバーストーカーの形態も様々である。 掲示板などへの誹謗中傷発言から、掲示板あらし、SPAM(主に営利を目的とした迷惑メール)、メールボム(メール爆弾)、ウイルス攻撃、そしてハッカー事案もストーカーと呼べなくもない。 また現実社会との関係性の観点からは、ネットだけに潜伏して行うストーカー事例もあれば、ネットと現実社会双方を行き来しつつ嫌がらせを繰り返すという事例も見受けられる。 前者にあたる例としては、「サイバーストーカー初摘発」と報じられた事件がある。 1998年11月5日、大阪府警は、京都市の男性会社員(23)を逮捕した。直接の容疑はわいせつ図面陳列罪。大阪市に住むA子さん(28)が開設したホームページの掲示板にわいせつ写真13点を掲載した。二人は、98年5月中旬、別のネット上のチャットルームで知り合った。ところが会話の内容がもとでトラブルとなり、男性は、7月ころから、女性の開設したホームページの掲示板に中傷文を載せるようになった。しかしネット上で「ながせ」と名のっていた男性の素性はなかなかわからず、この間に「A子は淫乱です」「A子のヌード公開中」などと嫌がらせをエスカレート。明らかな犯罪行為であるわいせつ写真の掲示をきっかけに逮捕につながった。 後者の例としては、インターネット上に群馬県に住む20歳代の女性を中傷する文書を流すなどのストーカー行為を繰り返したとして名誉棄損罪で有罪判決を受けた杉並区の男性(24)に対し、前橋地裁が2000年1月17日までに、女性への面会を禁止する仮処分命令を出したという例がある。 報道によると、男性は1997年5月ころ、交際を断られたことに腹を立て、女性の携帯電話に無言電話をかけたり、交際を迫る内容の電子メールやファクスを女性あてに大量に流すようになった。女性が東京から群馬県内の大学に入学して引っ越した後の1999年5月ごろにも、インターネットを使って女性が在籍する大学の学生76人あてに、女性を中傷する内容の文書を流した。 こうした一連の行為により男性は名誉棄損容疑で同県警に逮捕され、1999年11月に同地裁から懲役2年、執行猶予4年の有罪判決を受けたが、女性側は「判決後もストーカー行為をされる恐れがある」として、同地裁に仮処分を申請していた。 ■業務妨害罪での摘発例 業務妨害罪で摘発された例として、2000年1月、警視庁が、北九州市に住む男性(22)を業務妨害の容疑で逮捕した例がある。 プロバイダーの会員向けの掲示板に、1999年10月14日午前8時半ごろ、社員を装って「掲示板荒らしのお手伝いをします。アドレスなど個人情報の有料交換もしています」などとうその書き込みをした。 男性は、昨年、この掲示板でマルチまがい商法の会員募集を行い契約を解除されており、「腹が立ってやった」などと供述している。 また4月5日までに、求人情報誌に年齢制限付きで募集広告を出した東京都内の人材派遣会社に、嫌がらせの電子メールを送ったとして、警視庁は、千葉市に住む無職女性(38)を業務妨害の容疑で逮捕した。 女性は2月26日から3月2日まで3回にわたって、この人材派遣会社の掲示板に「年齢制限をなくしてほしい。時限爆弾を作っている。年齢制限をなくせば爆弾の製造を中止する」「御社のビルに爆弾を仕掛けた」などと、携帯電話からメールを送り、同社の業務を妨害した疑いがもたれている。いずれの事案も執拗さの観点からは、一般のストーカー事案よりも、簡単に逮捕されていることに注意してほしい。 ■新たな法制の整備が必要注2 ちなみに鹿児島、宮崎、岩手の3県だけが、ストーカー行為を処罰する条例を持っている。しかし摘発例は、4月7日に、鹿児島県警が、以前交際していた女性にしつこくつきまとった同県内の男性(26)を逮捕した例、1件しかないのが現状だ。法律ができたとしても、行政や警察の体質も変わる必要があるのだ 注1 本文の桶川ストーカー殺人事件のような事件でさえ、警察は、刺殺された猪野詩織さんの悲痛な訴えを無視した。刺殺後、埼玉県警の不祥事に発展することになり、訴訟にまで発展している(2003年2月26日一審勝訴-控訴中)。 この事件が警察の不祥事に発展していく経緯につき、紀藤も、一定の役割を果した。その経緯は、鳥越俊太郎&取材班著『桶川女子大生ストーカー殺人事件』(メディアファクトリー)を見ていただければ、幸いである。紀藤も写真入りで出ています。 ただ事件の内容を知れば知るほど、正直言って、被害者の垣根を高くしている、自分も含めた弁護士や弁護士会の至らなさを痛感し、もっと努力していればという忸怩たる思いを感ずる。 情報を共有するというコンセプトを持つ、ホームページLINCをもっともっと充実させなければと思う。 加えて今だ警察への告訴の壁は厚い。紀藤が担当している事件でも、ほんの最近、せっかく出した「告訴状を送り返したい」という検察官まで登場する始末である。その際の検察官の言い分は、「預かっているだけでは、国民の信頼が保てない」という。 「受理せず預かり」にしたのは検察官の都合だ。そこで紀藤は、「送り返してくるほうが、国民の信頼を保てないのでは?」と問い返した。検察官は黙ってしまった。 今年、桶川ストーカー殺人事件は、ドラマ化され、2003年12月13日、テレ朝系で、午後9時より2時間にわたり、放映されます。 紀藤も当時のニュース映像の中で登場します。 本当に重たくつらい内容です。主演の父親の猪野憲一さん役の渡瀬恒彦さんも「救いがない内容で演技が難しかった」と記者会見でおっしゃっていました。ですから最後まで見ると、ずしんと来るものがあります。猪野詩織さん役は、内山里奈さんで、熱演です。 そんな内容ですが、ぜひ視聴率(反響でもかまいません)に貢献ください。 そのことが警察や検察の反省を、さらに促すことにつながると思います。 僕の意見は、形式上の問題は除き、よほどのことがない限り、告訴は全権受理すべきだと思います。調べて問題がなければ、起訴しなければよいのですから。 注2 平成12年5月18日、第147回通常国会において、「ストーカー行為等の規制等に関する法律(ストーカー規制法)」が成立し、同年11月24日に施行されています。 →ストーカー規正法の条文 →ストーカー規正法の説明 ■関連原稿 2000年7月15日 ストーカー規制法が成立したが・・・ ■関連原稿 1999年5月01号 サイバーストーカーの恐怖 |